
言葉では伝えきれないものを、それでも言葉にしようとしている理由
コーチングに出会ってから、もう何年が経っただろうか。
理論を学び、実践を繰り返し、目の前の現実と格闘しながら、
「理想の世界」を思い描いては、何度も思い通りにならない現実に出会ってきた。
でも、ある時から──いや、少しずつじわじわと、
「思い描いた理想通りじゃないのに、予想もしなかった素晴らしさ」に気づきはじめた。
理想通りではない。
けれど、あの頃の自分が想像もしなかった豊かさが、
確かに、いま、ここに広がっている。
それは、条件が整ったから起きたわけではない。
目標が叶ったからでも、引き寄せが成功したからでもない。
むしろ、理想の投影や達成への執着を手放し、
自分という存在が、この世界に「ただ在る」ことに深く沈んでいった先に、
世界そのものの色彩が変わっていったような感覚だった。
それは、外から見ると、何も劇的には変わっていないように見えるかもしれない。
でも、自分の目に映る現実は、確実に変容している。
「誰か」や「何か」に意味づけられるものではなく、
自分の内から静かに立ち上がってくる臨場感によって、世界がまるで別物に見えている。
そうした体験を、なんとか言葉にしたいと思って、
日々、ブログを書いている。
誰かを救いたいとか、役に立ちたいという想いがないわけではない。
けれど、それ以上に、この在り方が自然とあふれ出すものを、
少しでも言語に変換しておきたい、という衝動に近い。
そして本当は──
言葉を超えたものは、言葉だけでは決して伝わらないことも知っている。
だからこそ、ブログという一方通行に見える場であっても、
その言葉の裏にある非言語の質や、臨場感の波紋が、
いつか、誰かの「今ここの感性」に共振することを願って綴っている。
その先となると、縁起で繋がり直接セッションしないと伝わらない。
読むだけでなく、実践しないことには世界はそのままです。
実践し続けているからこそ紡げる言葉だということ。
コーチングに出会って、理想を思い描いて、
それを叶えようとしている方へ。
その理想が実現するかどうかも大切かもしれないけれど、
そのプロセスのなかで「思い通りではないのに、世界が美しく見える瞬間」が
もし訪れたとしたら──
それは、あなたの在り方が、理想を超えたリアリティに触れはじめた合図かもしれません。
そして、そんな在り方にこそ、
言葉にはならない真の貢献や変容の可能性が、そっと宿っているのだと思います。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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