ほろ酔いの楽しさを俯瞰的に見る

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ほろ酔いにも楽しい情動記憶

昨日、久しぶりにお酒を飲みました。

飲みたくて仕方がなかったわけではないのです。

前職時代の全盛期は、何の考えもなく毎日のように飲んでいた時期もありました。

その後コーチングに出会い「飲酒をするとIQを下げるのでクライアントのためにならない」という情報を学習しましたので、自分にとって大切な機会だなという時以外は飲まないようにしてました(固い決意というわけでなく、そうした方がいいな程度です)。

ただ、昨日は一人の時間があったので何しようかな?と考えた時に、意味もなく居酒屋に一人で入ってサクッと飲んでみると「くー!やっぱりいいもんだぜー!」と思うのかな?というのを意識的に確かめたかったからです。

緊急事態宣言解除でしたが、そういった店は21時閉店だったので、1時間程度でしたが、ちょっと一杯みたいな感覚で席に着きました。

結論としては、「やっぱ赤星(ビール)うまいなー」と「くぅーっ!」みたいな感覚があったのと、食事も美味しくてとても良い気分だったという風に感じました。

それと同時に、未来の自分のイメージに照らし合わせると、この居酒屋で一人でほろ酔いというのは、必要性が無いのでゼロでもいいのですが、そんな状態の自分とそんな状態の人たちを臨場感高く感じるのに1時間程度だったら、ホント半年に一回くらいならいいかもしれないと思いました。

もちろん、IQが下がるとか良くない部分も体感しましたし、コーチとしてはマイナスだと思いますので「飲まない方がいい」というのは、その通りだと思います。

しかし、コーチである以前に、「自分の人生がコンテンツ」という捉え方をすると、ほろ酔いの自分も幸せと実感しました。

コーチングを学習した際に「飲酒などしないコーチにならなければいけない」というhave toの頭での理解ではなく、「飲んだ自分も幸せ」「飲まない自分も幸せ」どちらでも良いのだということを腑に落としたうえで、

「私はコーチとして活躍したいので、自分にとって大切な機会でなければ飲酒しない自分を選択する」「たまにほろ酔いになった自分を意識的に楽しんで、その情動記憶も自分の魅力として役立てる」というような、自分の内側からの判断に繋がりました。

めちゃめちゃベロンベロンになってしまうのは、自分としては「こうありたくない」ので選択しませんが、「コーチだからお酒はダメ」という外側からの理解で順守していたことが、「どちらでも良い」という感覚で内側から腑に落ちて、「自分はどうありたいか?」という判断が、ほろ酔いを通して出来ちゃったという流れになりました。

「こうあるべき」を外側からの理解で順守していると、利権や老害や同調圧力の温床になり得るというのは、これまでの人生で刺さるように体感してきた経験があるので、抽象度高く捉えていきたいものです。

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