
息を吸うように目の前の人を大切にして
日々順調であり、いろんな目に遭って、気づくと本当に自分にとって大切なことは何か?というのが浮かび上がっていて、知識とかそういうもんで教えられるのではなく、身に沁みて身体で実感するという有難い毎日を送っております。
そんな話よりも、権威ある人や映えている人の話を聴きたい人が大勢いるように感じますが、そういった情報から意図的に離れて、且つ自らのアウトプットも個人的に用意した紙に書くだけという生活を送っている中で、このタイミングで投げておきたいことをアウトプットします。
ごまかしの効かない指標
「世界のため」「社会を良くするため」「多くの人を救うため」
そんな志を持つことは、本当に素晴らしいことです。
でも、少しだけ立ち止まって、自分に問いかけてみてください。
身近な人との関係は、どうですか?
パートナーや家族、職場の仲間、日々顔を合わせる人たち──その人たちとの関係は、あたたかいでしょうか。それとも、どこか冷えていたり、摩耗していたり、無機質になっていないでしょうか。
大きな理想と、目の前の一人
もし「多くの人にとって素晴らしい世の中」を、抽象的な理念ではなく身体感覚として生きているなら、こんなことが自然と起きてしまうはずなんです。
- 目の前の人を粗末に扱えない
- 近くにいる人の安心・喜び・尊厳が自然と優先される
- 何かを”成そう”と力まなくても、関係性があたたまっていく
これは強いリーダーシップで率いるということではありません。人間関係がギスギスしている環境の中でも、その渦の中に飲まれることなく、微笑みながら佇んでいられる。そんな中で、自然と人を包むように接している──そんな状態です。
「徳を積もう」「人望を得よう」という意図以前のレベル。息を吸うように、そうなってしまっている状態。
曼荼羅は、隣から拡がる
世の中の変化は、曼荼羅構造で拡がっていきます。
先ずは隣から。隣から隣へと拡がっていって、気づくとどこが中心なのか捉えられなくなる。それが「flower-of-life」です。
飛び越えて拡がったり分離したりしないし、すべてが包まれている状態です。
世の中って、結局のところ、
- 目の前の一人が安心する
- 半径数メートルの空気が和らぐ
- 一緒にいる人が「そのままでいい」と感じる
その連鎖の総体でしかないんです。
だから本当に「多くの人にとって素晴らしい世の中」を生きている人ほど、気づくと、身近な人から慕われているという現象が後からついてくる。
ごまかしの効かない指標
逆に言えば、
「世界のため」を語りながら、身近な人との関係が冷えているとしたら──
それはゴールが外在化しているか、理想が自我の装飾になっている可能性が高い。
つまり「世界を良くしたい自分」で在ろうとして、「目の前の人と在る自分」から離れてしまっているのかもしれません。
これは理想を否定しているわけではありません。行動を否定しているわけでもありません。
でも、「在り方」から逃がさないのです。
「気づくと身近な人から慕われる状態に自然となっちゃってる」──これが”できてしまっているかどうか”が、実は一番ごまかしの効かない指標なのだと思います。
身近な関わりから波及する
私の所感としては、「この人から曼荼羅構造で拡がってるな」と感じる人でも、100%の身近な人から慕われるわけではなく、自ら距離を置く人もごくわずかにいる状態ですし、わたしも一人くらいは居ます。
自ら家族から距離を取らざるを得ない人も居ることでしょう。そこは拡がり続けた後の話になります。
それでも、基本的には──
身近な人との関係があたたかく、自然と信頼が生まれ、そこに自分自身の生きやすさも包み込まれている。
そんな状態が、大きな理想を生きる人の土台にあるはずなのです。
「今ここに沁みる幸せ」を感じながら、「在り方が先にあって、表現や行動は後」という順番を大切にする。
あなたの志は素晴らしい。
だからこそ、身近な関わりから大切にしてください。
それが、本当にあなたの理想を生きることにつながるのですから。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
↓ 過去ブログ ↓
