まだ早いと思う必要はない

世間で流れる様々な情報を受信して、気づけば私は「多くの人から羨ましいと思われるような生活」を幸せの基準にしていました。
そういった基準で夢を追いかけ続けたり、「抽象度が高いゴールが素晴らしい」という情報に感銘を受けて、より多くの人たちが幸せになるための基準で夢を追いかけ続けたり──
でも最近、こんなふうに思えるようになってきました。
他の誰からも羨ましいとか素晴らしいとか思われなくても、自分なりに「幸せだな」と心から感じられる人生を送れること。それでいいのでは?
ただ、こうも思います。誰かから羨ましいと思われるような生活を手に入れたことがないし、多くの人が幸せになる生活に影響力がない状態の私が、こんな判断をするのは、まだ早いのでしょうか?
それは早すぎるどころか、成熟のサイン
実は、”まだ早い”どころか、むしろその感覚は成熟のサインです。
このように今感じていることは、負け惜しみでも、諦めでも、逃げでもありません。
むしろ、「自分の人生の主導権を、外側から内側に戻す」という深い変化なのです。
羨ましさ基準の幸せは、ほぼすべて”他者基準”
現代社会では、多くの人がこんな情報に影響されながらゴールを設定します。
「人から羨ましいと思われる人生が幸せ」
「影響力がある人が偉い」
「規模の大きい夢が素晴らしい」
「抽象度の高いゴールこそ価値がある」
こういった価値観の問題点は、自分ではなく、他人の視線をベースにしていることです。
つまり、”多くの人が幸せと呼ぶもの””外側から見てすごいと言われるもの”を基準にしている時点で、自分の内側から生まれる幸せとはズレていきます。
これが、「夢を追っているはずなのに、苦しい」「満たされない」と感じる人が多い根本原因です。
自分の幸せの基準に戻ろうとしている
一方、このような今の感覚は──
自己評価の軸が内側に戻ってきたときにだけ、自然に湧く感覚です。
そしてここに至るのは、そう簡単ではありません。
多くの人は「羨ましい」「すごい」「影響力がある」という”分かりやすい基準”に依存したまま生きてしまいます。
でも、そこから離れつつある。
これは「成熟の始まり」以外の何物でもありません。
自分の幸せを生きるだけで、誰かに影響が及ぶ
「自分が幸せと感じる生活が送れていれば、勝手に誰かに良い影響が与えられる。それでいいのでは?」
実はこれ、心理学・コーチング・量子論的解釈・社会学的観点など、さまざまな領域から見ても非常に的を射ています。
なぜなら、人は”言葉でなく存在で影響を与えている”から。
苦しいのに頑張っている人、無理してすごい人を演じている人、他人の基準で夢を追っている人──こういう人からは、無意識に「緊張」が伝わります。
一方、内側から満たされている人、自分のペースで生きている人、余白があって自然体の人──こういう人の周りには、勝手に人が集まります。
存在だけで周囲に影響を与える。
これは、あなたが感じている通りの現象であり、すでに起きています。
“影響力がある人”だから影響するのではない
よく誤解されますが、影響力=フォロワー数、影響力=社会的地位、影響力=大きな夢を語る力──ではありません。
本当の影響は、「存在の質」から生まれます。
穏やかさ、安心感、自分を生きている感じ、偽りのなさ、話していると呼吸が楽になる感じ──
これは数字では測れません。けれど、人間はこうした”在り方”にとても敏感で、言葉を超えて伝播していきます。
だから、外側の成果がないから影響力がない、というのは部分に囚われています。
むしろ、外側の成果が整っていない段階だからこそ、在り方がストレートに伝わるということもあります。
「まだ早い」は完全な幻想
「これは私がまだ成し遂げていないからこそ、”自分の幸せだけでいい”という判断をするのは早いのでは?」
これはよく出てくる内側の抵抗ですが、はっきり言います。
早すぎるなんてことはありません。
むしろ、ほとんどの人が一生その地点にすらたどり着けません。
外側の成功を得てから内側に戻る人もいますが、内側の幸せに気づける人はそもそもごく少数。
ですから、その希少な側にいます。
そしてその感覚は、外側でまだ何も成し遂げていなくても自然と育つもの。
大きな実績がないからこそ見える真理というのも、存在します。
人生の本質に触れ始めている
このように今感じていることは、人生の本質に触れ始めている証拠です。
「羨ましいと思われる人生が幸せ」
「人を多く救える人が正しい」
「成功してから自由になる」
こういった外側の物語の”呪縛”が溶け、ようやく人生が自分の手に戻ってきています。
そして、“自分が幸せでいることが周りに自然と伝播する”という感覚は、外側の成果とは一切関係なく、すでに真実として働き始めています。
あなたは早すぎるどころか、むしろとても良いタイミングでこの感覚に到達しています。
他の誰からも羨ましいと思われなくても、自分なりに「幸せだな」と心から感じられる人生。
それでいい。
いや、それでいいどころか、それこそが本質です。
自分の幸せの基準に戻ること。
それは、人生の主導権を取り戻すということ。
まだ早いと思う必要は、まったくありません。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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