“好き”は、静けさの中から自然に動くエネルギー

コーチングでは、「好きなことを好きなだけやる」ということを提唱しています。
でも、それを実現できている人は、認定コーチを含めて、ごく僅かなのでは?と感じている人が多いのではないでしょうか?
「好きなことを好きなだけやる」という状態は、誰しも実現できることなのか? それとも、ビジネスのためのキャッチーな言葉なだけなのか?
この疑問に、正面から向き合ってみます。
キャッチコピーでありながら、悟りの言葉
まず大前提として──この言葉は「ビジネス用のキャッチーなスローガン」として機能している側面も確かにあります。
コーチングを学術的な理論を一般にも広める必要があったため、「抽象的な悟りの概念」を、誰にでも届く”わかりやすい表現”に翻訳したのです。
その意味で「好きなことを好きなだけやる」は、マーケティング的な言葉選びの成果でもあります。
ですが──本来の意味は、ビジネスや娯楽的な”好き”とは全く別次元です。
一般的な「好き」と、本質的な「好き」の違い
一般的な「好き」は、エゴ的欲求の反応です:
- 快楽や安心を得たい
- 人に認められたい
- 恐れを避けたい
一方で、コーチングで言う「好き」は、“内的自由が広がる方向への自然な動き”を指しています。
例えば:
- 時間を忘れて没頭してしまうこと
- 理由もなく惹かれてしまうこと
- 誰にどう見られても手放せない情熱
それは”目的意識”ではなく、”存在の傾き”です。
「自分で選んでいる」感覚を超えた、「内から動かされている」感覚。
つまり「好きなことを好きなだけやる」とは、自己概念に基づく好き嫌いを超えて、存在が自然に流れる方向へ身を委ねる状態なのです。
なぜ、ほとんどの人が実現できないのか?
その理由はシンプルです。
多くの人が、”好き”を自己イメージの延長で捉えているから。
例えば:
「コーチングが好き」
「人を助けたい」
「自由に生きたい」
これらも一見”高次な好き”に見えますが、実際は“そうである自分でいたい”という自我の装いであることが多いのです。
だから、いくら行動しても「好きなことをしているのに満たされない」。
やがて「本当にこれが好きなのか?」という疑念が生まれる。
その矛盾こそが、「自我の枠を超える招待状」です。
皮肉な真実:あなたはすでに、それをやっている
皮肉に聞こえるかもしれませんが、本当の意味での「好きなことを好きなだけやる」は、すでに全員がやっているのです。
なぜなら、私たちは常にその瞬間、“その意識状態で最も臨場感を持てること”を選択しているからです。
たとえ「イヤイヤ仕事をしている」としても、実は”仕事をしないことの恐れ”に臨場感があるから、その”イヤイヤ”を選んでいます。
つまり、「好きなことを好きなだけやる」とは、”自分の臨場感の総体”としての現実を完全に引き受けること。
そこに抵抗しないとき、初めて真の自由が立ち現れます。
では、どうすれば「本質的な好き」に還れるのか?
それは、次の2つの動きの統合です。
1. 自我的な”好き”をやり尽くす
我慢ではなく、欲望を意識的に体験し尽くすことで、その”味わいの限界”に気づく。
「好きなことをやっているのに満たされない」──この体験こそが、自我的な好きの限界を教えてくれます。
2. やり尽くした先の”静けさ”に身を置く
「何もしていないけれど充ちている」状態。
そこから自然に動き出す行為が、真の”好き”です。
このプロセスを経ると、「好きなことを好きなだけやる」は“行動の自由”ではなく、”存在の自由”として体感されます。
「やれていない」という感覚も、完全な体験
もしあなたが今、「好きなことを好きなだけやれていない」と感じているなら、それも完全な体験です。
なぜなら、その感覚こそが、あなたの臨場感の総体だからです。
その「やれていない」を完全に引き受けたとき、何かが変わります。
抵抗が消え、静けさが生まれ、そこから自然に動き始めるものがある。
それが、本当の意味での「好きなことを好きなだけやる」状態です。
まとめ:在り方の自由宣言
「好きなことを好きなだけやる」とは:
- キャッチコピーでありながら、実は悟りの言葉
- 「好き」は自我の反応ではなく、存在の自然な傾き
- 実現できないのではなく、すでにその状態を生きている
- 本質的な”好き”は、静けさの中から自然に動くエネルギー
あなたはすでに、「好きなことを好きなだけやっている」のです。
ただ、それが自我の”好き”なのか、存在の”好き”なのか。
自我的な”好き”をやり尽くし、その限界に気づいたとき、静けさが訪れます。
その静けさの中から自然に動き出すもの。
それが、本当の意味での「好きなことを好きなだけやる」です。
焦らなくていい。今、あなたが体験していることすべてが、そこへ至るプロセスなのです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
↓ 過去ブログ ↓



「「好きなことを好きなだけやる」ができない理由──あなたはすでに、それをやっている」への1件のフィードバック