順番が逆:経済的自由は結果である──純粋な好きが先、お金は後

前回の記事(←リンク)を読んでから読むと、更に深まります。
「自由」「経済」「臨場感」の三つがどこで交わるのか
「好きなことを好きなだけやりたい。でも続けるにはお金が必要だ」
多くの人がこう感じています。だから、たとえ「イヤイヤ仕事をしている」としても、”仕事をしないことの恐れ”に臨場感があるから、その”イヤイヤ”を選んでいます。
お金を稼がなければ、好きなことを好きなだけやれない──
この感覚は、何か大事なポイントを見逃しているのでしょうか?
結論から言えば、「お金がないと好きなことを好きなだけできない」と感じるのは、”自由の源”をお金に置き換えているからです。
「お金=自由」という錯覚
多くの人は、お金を「交換の道具」以上のものとして捉えています。それは、社会的な成功や安心、評価といった臨場感の源と結びついているからです。
つまり、お金は:
- 安心を買うチケット
- 他者からの承認を得る道具
- 可能性を広げる象徴
として“自由の代用品”になっている。
しかしここに、錯覚が生じます。
お金を持つから自由になるのではなく、自由の臨場感が広がるから、お金という流れが自然に生まれる。
順番が逆転しているのです。
「お金がないとできない」という思考が作る罠
「好きなことをやりたい → でもお金がない → だから我慢する」という構造は、無意識のうちに「好きなこと=贅沢」「我慢=現実的」と区別しています。
この二分法が強いほど、「好き」を“条件付きの自由”として扱うようになります。
そして結果として:
- 好きをやる前提に”稼ぎ”を置く
- 好きを続けるために”安定”を求める
という依存的構造を強化してしまう。
ここで失われているのは、「今この瞬間にある自由」です。
本当の「好き」は、経済を超えて動き出す
本質的な「好き」は、お金の有無にかかわらず内側から自然にあふれ出る衝動です。
例えば:
- 音楽をやめようとしても、気づけばリズムを刻んでしまう
- 誰かに言われたわけでもないのに、文章を書いてしまう
- 形にならなくても、内から湧く想いを表現してしまう
この「やめられない自然な流れ」こそが、存在の方向性=好きなことです。
お金は、それが他者の世界と交わるときに自然に生まれる副産物。つまり、お金は”流れた結果”であって、動機ではない。
「生きるために稼がねば」と感じるとき
ここで見逃されがちなポイントがあります。
「お金を稼がねばならない」と思っているとき、実は”お金そのもの”を欲しているのではなく、安心・安全・自尊の臨場感を求めている。
だからこそ、「お金がない」ことが問題なのではなく、“安心をお金経由でしか感じられない”構造が問題なのです。
そして、この構造は「恐れを起点にした現実生成」です。(=仕事をしないことへの恐れに臨場感がある状態)
この恐れを手放すとき、安心は“内側から生まれる”ようになります。
そこから行動する「好き」は、もう”逃避”ではなく”表現”になります。
順番が逆:経済的自由は結果である
多くの人が逆に思っています。
「経済的自由がある → 好きをやれる」と。
でも実際は逆です。
“純粋な好き”を生きる → 結果として経済的自由が生まれる。
なぜなら、純粋な好きは他者と響き合い、価値の循環を自然に生むからです。
この「響き合い」が信頼・共感・流通の土台。それが経済という形で表れるだけのこと。
安心は「今ここ」から生まれる
「お金がないと不安」──この感覚は、安心を未来に置いている状態です。
でも、本当の安心は「今ここ」から生まれます。
- 今この瞬間、呼吸ができている
- 今この瞬間、生きている
- 今この瞬間、好きなことに触れている
この「今ここ」に臨場感が戻ったとき、恐れは静まります。
そして、その静けさの中から動き出す「好き」は、もう条件を必要としません。
まとめ:自由の源を取り戻す
- 本当の「好き」は、経済条件とは無関係に湧き上がる自然な動き
- 「お金=自由」という構造が、自由の臨場感を外側に預けている
- 安心はお金からではなく、”今ここ”から生まれる
- 経済的自由は、「好きの純度」が高まった結果として立ち現れる
もしあなたが「お金がないと好きなことができない」と感じているなら、それは自然な感覚です。
でも、その感覚を観察してみてください。
本当に欲しいのは、お金そのものですか?
それとも、安心・自由・表現の臨場感ですか?
安心を外側(お金)に求めている限り、永遠に足りません。
でも、安心が内側から生まれると気づいたとき、お金への依存が消え、純粋な「好き」が動き出します。
その「好き」が他者と響き合い、自然に価値の循環が生まれる。
それが、本当の経済的自由です。
「お金がないと好きなことができない」は幻想です。
今この瞬間、あなたはすでに自由なのです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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