認知科学コーチングと非二元の交点

実はその人の抽象度は下がっている
「コーチング理論は正しい」「理解していない人は思考停止だ」「抽象度が低い」──
コーチングに没頭している人を観察すると、理論に対して理解を示さない人を下に見たり、間違っているという見方をしている人が一定数いるように感じます。
しかし、ここに深い逆説があります。
「抽象度が低い」と言った瞬間、実はその人の抽象度は下がっているのです。
これは、コーチングを深く学んだ人が必ず一度は直面する「境界の問題」でもあります。
抽象度の本質:分離の超克
コーチング理論の中核には、「抽象度を上げる=分離を越える」という考えがあります。
抽象度が低い:
自己と他者、善と悪、正解と不正解、勝ちと負け──といった”二元的な分離構造”が強い世界。
抽象度が高い:
立場や視点の違いを超えて、「全体の一部としての自己」を実感する世界。
つまり、抽象度を上げるとは、”非二元的な視座”へ近づくプロセスなのです。
「抽象度の罠」に陥る瞬間
ところが、多くの学習者は「抽象度を上げる」という言葉を“理論的な優位”と誤解します。
「自分は高い抽象度から見ている」
「相手は低い抽象度に囚われている」
この瞬間、実はその人は抽象度を下げているのです。
なぜなら、「高い・低い」「正しい・間違っている」という二元的ジャッジをしているからです。
これは”エゴの温存”の典型例です。「自我を拡張したつもりで、むしろ固めている」。
つまり、抽象度という概念を”支配構造”に使ってしまうという逆転現象です。
「正しさ」を超えたところにある非二元
非二元(ノンデュアリティ)は、すべての分離──自他・善悪・正誤・悟りと迷い──を“同一の現れ”として観る理解です。
ここでは、「正しい教え」「間違った理解」という区別すら溶けていきます。
非二元的な立場から見ると
コーチング理論を理解している人も、していない人も、すべて”同じ全体の表現”にすぎない。
この視点に立つと、「誰が正しいか」ではなく、「いま、どんな体験を通じて全体が自分を観ているのか」という観点に変わります。
コーチングと非二元は矛盾しない
| 観点 | コーチング | 非二元 |
|---|---|---|
| 世界観 | 情報空間を再構築する | 世界はそもそも一体 |
| 方法 | ゴール設定・抽象度上昇 | 観照・気づき |
| 主体 | 自我を超えた自己 | 自我という夢を見ている全体 |
| 目的 | 自由の拡大 | すでに自由であることの認識 |
一見、矛盾するように見えますが──本質的には同じ方向を指しています。
人生においてコーチングの実践が進むほど、「ゴール達成」から「在り方」へ、「行動」から「気づき」へ、「操作」から「観照」へ──静かに重心が移っていくのです。
「本物のコーチング信者」現象の心理的背景
コーチング理論は非常に抽象的で知的刺激が強いため、多くの人が知的興奮と自己優越感を同時に体験します。
この状態は「コンフォートゾーンの拡張」ではなく、「新しいコンフォートゾーンの固定化」になりがちです。
そして、次のようなメカニズムが起こります
- 「自分は理解している」という快感
- 「理解していない人は低い」という比較
- 「コーチング理論の言う通りに考える自分が正しい」という同一化
こういったことをコーチングの書籍においてしばしば「洗脳されるな」「宗教にするな」と警告していますが、構造的に、理論が宗教化しやすいのです。
真に体現している人ほど、言わない
真に体現している人ほど、「コーチングを理解している」とは言いません。
彼らは、理論を生の知恵として溶かし込み、手放しています。
- 「コーチングを使っている」のではなく、「コーチングが表れている」
- 「抽象度を上げよう」とするのではなく、「自然に俯瞰している」
- 「誰が正しいか」より、「この瞬間に何が現れているか」に関心を向ける
この段階では、もはやコーチング理論も非二元も区別がありません。それは「流れとともにある意識の在り方」です。
地図を握りしめたままでは、旅を見失う
コーチングは、“自由になるための地図”。
非二元は、“すでに自由だったと気づく地点”。
地図を持つのは素晴らしいことです。しかし、地図を握りしめたままでは、旅そのものを見失う。
理論を生き、そして手放す。理解を深め、最後には「理解しよう」という衝動さえ静まる。
その静けさの中で、あなたの存在が「コーチング」そのものになる。
それが、認知科学と非二元の交わる地点です。
もしあなたが「理解していない人は抽象度が低い」と感じているなら、それは自然な段階です。
でも、その感覚を持った瞬間に、自分の中で何が起きているかを観察してみてください。
「高い・低い」というジャッジをしている自分に気づいた瞬間、あなたの抽象度は上がり始めます。
理論を武器にするのではなく、理論を溶かし込む。そして最後には、理論さえも手放す。
その先に、本当の自由が待っています。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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