「目指す」を手放すとき──BeingからDoingへ、自然な変化の段階

最近、こんなことを思っています。

「目指す」って、ある一定の経験を積んだら手放しても良いのではないか、と。

「自分はこういう人になる」と決めて、そうなっている未来側の自分から今の自分を観る。何が起こっても「こういう人間になるプロセスとして起こったこと」だと身に沁みて腑に落ちれば、画期的な方法を求めなくても自然とそうなっていく──そんな実感があるのです。


「目指す」という構造の役割

誤解しないでください。初期段階では、「目指す」こと自体が変化を促す重要な装置です。

なぜなら、現状の外を目指すこと=スコトーマの外側に意識を拡張する行為だからです。

この段階では:

  • 「今の自分」ではなく「ゴール側の自分」を強く描く
  • その臨場感によって「現状」が書き換わる
  • 現実が変わり始める

つまり「目指す」とは、現状の認識構造(RAS)を動かすレバレッジのようなものです。ゴール設定の初期段階では、これが絶対に必要です。


「目指す」の限界が見えてくる

しかし、一定の経験を積むと、ある違和感に気づきます。

「目指す」という行為自体が、実は”まだ目指していない前提”を作っていることに。

「目指す」とは、”まだそこにいない”前提です。「すでに在る」ことと矛盾してしまいます。

例えば:

  • 「自由になりたい」と思うことは、「まだ不自由」という前提を含む
  • 「変わりたい」と思うことは、「まだ変わっていない自分」を固定する

だから、ある時点からは、「目指す」ことがむしろブレーキになるのです。そして自然に「手放す」方向へ移行していきます。


「在る」へのシフト──ゴール自己の恒常化

あなたも感じたことがあるかもしれません。

「未来側の自分」から今を観て、起こる出来事をすべて”プロセスとしての必然”と受け取る状態。

これはまさに、「Beingの恒常化」──在り方が先、Doingが後という世界観です。

この段階では:

  • 未来を”目指す”というより、“未来から生きる”
  • 起こることはすべて「Beingの現れ」
  • 方法論や戦略を超えた”自然な一致”が起こる

コーチングの言葉で言えば、「ゴールの臨場感が現在の自分を上書きしている状態」です。


「目指すを手放す」は諦めではなく、統合

ここで多くの人が誤解します。

「目指す」をやめる=「成長をやめる」ではありません。

むしろ、成長や変化が「努力」から「自然現象」になる段階なのです。

例えば:

  • 木は「伸びよう」として伸びているわけではない
  • ただ”生命の表れ”として自然に伸びる
  • それと同じように、Beingが明確になると、Doingも自然に整っていく

つまり、「目指す」を手放すのは、”目指す”がもう必要ないほど、自分のBeingと現実が同期している証なのです。


移行のプロセスを体感する

この移行期には、よく次のような体感があります。

フェーズ内的感覚状態
初期頑張って「未来を描く」外向きのエネルギー
中期「目指している感覚」に違和感自然との乖離を感じる
後期「なる」ではなく「在る」無理のない充足感・流れとの一致

あなたがもし、「目指している」ことに違和感を覚え始めているなら、それは後期への移行のサインかもしれません。


方法を求めなくなる瞬間

「未来側の自分から今を観て、何が起こっても『プロセスとして起こったこと』だと解釈する」

この状態になると、画期的な方法を求める必要がなくなります。なぜなら、存在が未来をつくる段階に入っているからです。

「努力」や「方法」ではなく、「存在」が現実を自然に導く。これが、「目指す」を手放した後の世界です。


ゴール設定の先にあるもの

ゴール設定は重要です。現状の外を描き、臨場感を高め、スコトーマを外す。これは苫米地式コーチングの核心です。

しかし、その先があります。

ゴールを目指すことから、ゴールとして在ることへ。

「目指す」をやめることは、現状維持ではなく、「Beingが現実を自然に導く状態」への移行なのです。


最後に:いちばん自然な変化のかたち

目指していた自分は、いつの間にか"今ここ"にいた。

もう、目指す必要がない。

ただ、在る。

それが、いちばん自然な変化のかたち。

もしあなたが今、ゴールに向かって方法を模索し、努力を重ねているなら、それは素晴らしいことです。その段階を経ることで、「目指す」の構造が理解できます。

そして、ある瞬間に気づくでしょう。

「もう、目指さなくていいんだ」と。

その瞬間、あなたは新しい段階に入っています。Beingが先、Doingが後。存在が未来をつくる世界へ。

「目指す」を手放すことは、成長の放棄ではなく、成長の自然化なのです。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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