予想外すら波及のきっかけ

予想外も良いきっかけ
ここ数日、いろんな人に会いに行ける機会を設けまして、その機会に集中するために一切の情報発信をお休みしてました。ついさっきまで、母の一大決心をサポートすることがメインでしたが、その流れで様々な人に貢献させていただくことが出来ました。
具体的なことは決めずに流れに任せて進んでいって、予想外のハプニングで思ってた場所に行けず、でもその予想外の到着場所から、「だったらこうすれば彼を喜ばせることに繋がる」と新たなアイディアが降りてきて実行できたり。
また別の人に会うにあたり、私は「彼はオープンな場所に行きたいなんて言わない性格だ」と思っていたのに、「私も行ってみたい」と自ら言ってきて、一緒に連れて行くことが出来てそこで楽しそうで有意義な時間を過ごしたり。
ただ居るだけの感覚
そして会う人会う人皆が堰を切ったように私に話し始めて、彼らが話しながらイキイキとした流れに乗っているのが感じられて、「貢献させていただいた」とか「私が話を聴いてあげた」というよりは、「彼らがフローに乗った感覚を共有させていただいた」という素晴らしい臨場感空間でした。
結局役割としてただ居るだけでしかありません。「ただ居るだけ」と聞くと、「何もしてない」というニュアンスで解釈するかもしれません。情報空間を書き換えてるとか、抽象度を上げ下げしながらLUBがどうちゃらとか説明しようと思えば、言語化できるのかもしれません。
でも実際体感してわかることは、「理論はこう」とか「こんなテクニック」とか、そんな言語化みたいなことは、全然考えないくらい自然な身体感覚として、ただ居るだけなのです。「言語化」のように実際の感覚よりも抽象度を下げることなく、ただそうなっちゃうだけなのです。
思考に寄らない充実感
今回は大事な機会という位置づけではありましたが、敢えて具体的に計画せずに過ごした結果、いろいろありながらも最終的にうまくいくという感覚と、もしうまくいかなくても、そのときだけを見てジャッジしないという感覚が両立していました。
最終的に、会った人たちは普段ではしないことをやっちゃったという流れでエンジョイできたと感じますし、今後の流れも、その場の感情で悲観しないという感覚が入っただろうと感じます。感謝されたり、感想を言われたりするよりも、この感じたことが嬉しさを覚えます。
体現知を紡いでいく日々
私自身もプロコーチと名乗り、賛否にも正誤にも窮屈にならないように情報発信しておりますが、そんなことよりコーチングは、「理解しようとするな。やっているうちに、理解が後からついてくる。」ということですので、今回は体現の感覚が色濃く表れた良き数日間だったと振り返ります。
色濃い薄い関係なく、毎日実践体現ですので、これからも面白い日々を過ごしていきながらアウトプットしていこうと思います。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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