『なに闘ってんだろ?』と気づいた瞬間に起こったこと

闘士への讃美歌
「過去は関係ない」——そんな言葉を誰かに投げかけられたとしても、私は微塵も気にしない。なぜなら、心の底からしみじみと思うのは、「私はこれまで本当によく闘ってきたな」ということだから。これは自己憐憫でも傲慢でもない。ただただ、心からの感心なのだ。
振り返ってみれば、それは壮絶な闘いの連続だった。
刷り込みという名の呪縛
幼い頃、他人から浴びせられた「気の弱い子だ」という評価。その言葉は私の心に深く刻まれ、「自分は気が弱いのだ」という刷り込みとなって、日々積み重なっていった。まるで見えない鎖のように、私の可能性を縛り続けた。
でも不思議なものだ。その刷り込みに対する反骨心こそが、私を突き動かす原動力となった。
大人になって、幾度となく弱音を吐きそうになる状況に直面した。心が折れそうになる瞬間、逃げ出したくなる場面。でも毎度毎度、その刷り込まれた自我への反発心によって、なんとか乗り越えてきた。目的を達成し続けてきた。
称賛もあった。仲間から慕われることもあった。もちろん、その逆も深く刻まれた。光と影、成功と失敗、様々な経験を重ねながら、私は闘い続けた。
成功の空虚さと新たな戦場
ある程度の成果を出し続けると、不思議なことが起こった。「その成果を出し続けること」が、なんだか小さな話に思えてきたのだ。これまで必死に追い求めてきたものが、色あせて見えた。
「この闘いをずーっと続けるのか?」
アイデンティティクライシス——自分とは何者なのか、何のために生きているのか、深い疑問が心を襲った。そんな時、現状の延長線上に留まらない、スケールの大きなゴールを設定する世界と出会った。
最初は「現状の自分では入門すらできない」と思い込んでいた。でも、「入門したい!」という想いが強すぎて、やがて方法を見出し、入門した。そこからも、よく闘ったと思う。「気の弱い」などと言われていたのに、様々な現状の外に移行する恐怖を越えてきた。
闘いの正体
未来だ、ゴールだと言いながら、様々な経験を積み重ねる中で、ふと気づいた瞬間があった。
「なに闘ってんだろ?」
足元の世界は美しかった。鳥の声、風の音、人々の笑顔。そこには闘うべき敵など存在しなかった。では、私は一体何と闘っていたのか?
答えは明確だった。
「闘う」という行為は、「こんな自分だと評価されたくない」という葛藤を振り払うために、虚飾の鎧と剣を身に纏う行為だった。「自分だって強いんだぞ」「こんなことが実現できるんだぞ」と、虚勢を張り続ける世界を生きていただけだった。
虚飾の闘いの勝利を、素晴らしい未来の実現にすり替えただけでしかなかった。
鎧を脱いだ日
その気づきは、ジワーっと湧いてくるような浸透だった。長年身に纏ってきた鎧が、実は自分を守るものではなく、自分を縛るものだったことを理解した。
私は静かに鎧を脱いだ。剣を置いた。
すると、世界が変わった。
新しい生き方の発見
今の私は、「これやってみようか」と気になったことを、どうなるかコントロールしようとせずに淡々とやっている。結果を予測しようとしない。計画通りに進めようと無理しない。
目の前で「今」起こることを、味わい体感し尽くし続けながら生きている。朝のコーヒーの香り、友人との何気ない会話、仕事での小さな発見。
さらに、「こんなことに反応的になるのか」という気づき、情けない自分でも守らているという実感、取り繕う必要もなく自分で在るということ。すべてを丁寧に受け取っている。
そんな中で、自分がどうなるか?自然と周りがどうなるか?その域で生活してみて、驚きの連続を体感している。
闘わなくても、物事は進んでいく。無理に推進力を生み出さなくても、自然な流れがある。虚勢を張らなくても、必要な時に必要な力が湧いてくる。
あなたの闘いは本当に必要ですか?
もしかして、あなたも闘っているのではないだろうか?
「もっと強くならなければ」 「もっと成果を出さなければ」 「もっと認められなければ」
「皆が喜ぶ世界を」 「リーダーシップを発揮するんだ」 「望む未来を実現するんだ」
そんな思いに駆られて、「今」の不足感を原動力として、日々理想の未来に縋るような感覚で過ごしているのではないだろうか?
でも少し立ち止まって考えてみてほしい。その闘い、本当に必要だろうか?もしかすると、あなたも虚飾の鎧を身に纏っているのではないだろうか?
本当の強さとは
闘いを手放すことは、弱くなることではない。むしろ、本当の強さに気づくことかもしれない。
いや、本当の強さというより、自然体であり、取り戻したのであり、成熟しているという状態。
本当の自分を抑え込んで、無理して闘い続ける必要はない。あなたがそのままで、すでに十分に価値ある存在だということを、私は知っている。
鎧を脱ぐ勇気を持つと面白い。剣を置く勇気を持つと面白い。そして、今この瞬間を味わう豊かさを体験してほしい。
きっと、あなたも驚きの連続を体感することになるだろう。
闘士への感謝と新たな始まり
これまで闘い続けてきた自分に、心から感謝している。あの闘いがあったからこそ、今の平穏がどれほど貴重かを知ることができた。虚飾の世界を経験したからこそ、真実の美しさを認識できた。
でも、もう闘っても闘わなくてもいい。
虚飾の世界を経験し、初動としての闘うプロセスの必要性も知っているのでサポートしたい。
なにか違和感を感じ始めるまで闘い続けないと、気づけないのかもしれない。
闘いを手放して、ただ在ることの豊かさを味わうという後期自我を越えた領域。
足元の世界は、思っているより美しいものです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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