中庸の拡張理論 – 予測不可能性の受容

私たちは、恐怖でも希望でも、未来がどうなるかを確信できることはありません。にもかかわらず、多くの人は「未来を思い描き、そこに向かうことが成功の鍵だ」と信じています。特にコーチングや自己啓発を学んだ人にとって、「現状の外のゴールを設定し、それを達成する」という考え方は、もはや疑う余地のない前提になっているかもしれません。

しかし、よく考えてみてください。ゴールは未来にあります。そして未来は、当てにならない。なぜなら、世界は複雑で、変数は無限にあり、予測不能だからです。にもかかわらず「ゴールを叶えることこそ正解」という思い込みは、私たちを未来という幻想に縛り付け、今この瞬間の選択を制約してしまいます。

では、どう生きればよいのか。答えはシンプルです。未来を保証しようとせず、「こうしたい」と湧き上がったことを、余計な思考を挟まずにやってみる。ただそれだけです。もちろん、やってみる過程では、思い通りにならないことや、予期せぬ出来事、時には痛みを伴う経験もあるでしょう。でも、その“様々な目に遭う”こと自体が、あなたを広げていきます。

このプロセスで大切なのは、「味わい切る」ことです。思い通りにならない現実を前に、逃げず、取り繕わず、そこに身を置いて感じ尽くす。混乱、恥ずかしさ、惨めさ、希望、喜び――それらを区別せず、ただありのままに体験する。その積み重ねによって、あなたは少しずつ「中庸」に近づいていきます。中庸とは、プラスにもマイナスにも振り回されない、深くしなやかな安定のこと。中庸で居られる範囲が深く広がっていくと、どんな状況にも柔軟で、過剰に未来を握りしめる必要がなくなるのです。

一方、ゴールだけを追い続けると、世界は常に「足りないもの」でできています。まだ届いていない理想、もっと手に入れたい未来。それらはあなたを駆り立てる一方で、現実を常に「不足」として捉えるクセを強化してしまう。結果として、安心や自由はどこまで行っても手に入りません。

未来は当てにならない。その事実を受け入れたとき、私たちはかえって軽やかになります。目の前の「こうしたい」を選び、やってみる。そこで出会うあらゆる出来事を、余計な意味づけをせずに味わう。その繰り返しが、あなたを本当の意味で広く、深く、自由にするのです。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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