スッキリ感という一時的処方──モヤモヤの核心に触れるために

セッションや対話の場で、最後に「スッキリしました」という感想が出ることは少なくありません。
これは、モヤモヤしていたテーマに新しい視座や解釈を得た証拠であり、パラダイムが一時的に変化したとも言えます。
その意味で、とても価値のある経験です。

しかし──ここに落とし穴があります。

その「スッキリ感」は、モヤモヤそのものと真っ向から向き合った結果ではなく、単にモヤモヤを別の方向にそらす方法を知ったに過ぎない場合があるのです。
つまり、根本的な構造には手をつけず、表層的な処方を得ただけの“対処療法”になってしまう可能性が高い。

多くの人は、モヤモヤの渦中に身を置くことを本能的に恐れます。
不快で、見通しもなく、答えの保証もない状態に、自ら飛び込むことは勇気のいる行為です。
そのため「どうすれば避けられるか」「どうすれば早く抜けられるか」という即効性のある解決策を求めがちです。

結果として、

  • その場の対話で一時的に楽になる
  • 新しい知識や理論を学んで気分が晴れる
  • ワークやツールで思考が整理される
    こうした経験を繰り返し求める“グルグルのループ”にはまります。

このループには特徴があります。
モヤモヤの根源に触れずに回避し続けるため、しばらく経つと似たようなモヤモヤが再び姿を変えて現れるのです。
そのたびに「また新しい解決策を探す」という同じパターンが繰り返されます。

では、どうすれば根本的な変容に至るのか。

それは、あえてモヤモヤの渦中に身を置き、避けずに味わい切ることです。
言葉で整理しようとせず、解釈や答えを急がず、ただその不快さを経験として通過させる。
このプロセスは時間がかかり、効率も悪く見えます。
しかし、ある瞬間、思考ではなく身体感覚として「腑に落ちる」タイミングが訪れます。

その瞬間、人はそれまでと全く異なる情報場に移行します。
出来事の意味づけが根本から変わり、似た状況が再び現れても、もはや同じ反応は起きません。
これは単なるスッキリ感ではなく、存在そのものが別の文脈へと移動した証拠です。

スッキリすることも、学びを得ることも素晴らしいことです。
しかし、それが一時的な逸らしになっていないか、自分に問いかける必要があります。
もし本当に変わりたいのなら、不快の只中に留まる勇気を持つこと。
それが、短期的な対処療法を超えて、本質的な変容へと向かう道です。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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