
執着を手放すと、世界は思いがけず柔らかくなる
目の前に映し出される世界は、
私たちが意識していても無意識でも抱えている「こうでなければならない」という思い込みを、
気づかせてくれる鏡のようなものです。
多くの人が気づかないまま、「こうでなければならない世界」を手に入れようと努力を重ねます。
実力で勝ち取り続ける人もいれば、「どうしてこんな世界なんだ!」と現実に憤り、苦しみ続ける人もいます。
面白いことに、勝ち続けても「こうでなければならない」は尽きることがありません。
次から次へと新たな闘いが生まれ、休むことなく挑戦を続けなければならなくなります。
逆に思い通りにいかない人は、憤れば憤るほど、その執着を手放すように納得のいかない現実が濃く繰り返されるのです。
だからこそ世の中には、勝ち続けるための成功メソッドや目標達成ノウハウが無数に存在しています。
でも、ここで立ち止まって考えてみてください。
「こうでなければならない」は、本当に必要なのでしょうか?
それは私たちを縛り、他者を裁き、闘いを生み、結果として自分をも追い詰めていませんか。
「敵ならば攻撃しなくてはならない」
「世界は平和でなければならない」
どちらも「こうでなければならない」ですが、極端に寄れば争いの種になります。
正義や理想の裏側には、排除したい何かを生み出してしまうのです。
だからこそ、現実を俯瞰し、体感しながら「本当にそうか?」と問う勇気が大切です。
目の前の「こうでなければならない」という執着に気づき、それを手放し、赦し、気にならなくなったとき、私たちはようやくそのループから抜け出すことができます。
世界が変わったように感じるのは、実際には自分の内側の在り方が変わっただけです。
中庸で柔軟な意識が広がると、不思議と現実の見え方も穏やかになります。
私たちは、勝ち取ったから成功、敗れたから負け組という狭い階層の物差しの中で生きがちです。けれど、これからの時代を生きる私たちに必要なのは、「こうでなければならない」という小さな枠を少しずつ溶かし、手放していくことではないでしょうか。
それが、現状の苦しみを超えて、新しい流れに乗るための本当の一歩になるのだと私は思います。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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