『変わっていくのが自然』という大局観

「今のままではいけない」「なんとかして変えなければ」
そんな焦燥感に駆られて、理想の未来を必死に創り上げようとする人は本当に多いものです。
確かに、誰かが声を上げて先導し、その旗振り役の言葉に多くの人が「そうだ!」「私も!」と賛同し、拡散していく構図は今も昔も変わりません。
SNSを覗けば、多くの人が牽引する人の言葉を引用して、自分の意見を上書きするように発信している姿をよく見かけます。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
けれど、俯瞰的に眺めていると、ふと思うのです。
そんなふうに強い焦燥感を原動力にして大きな変革を成そうとしている人ほど、
日々の「変わっていく自然な流れ」に自分自身が委ねられていないようにも見えます。

大きな流れを感じながら生きていると、
「変わっていくのは自信の有無ではなく、自然なことなのだ」と腑に落ちます。
「なんとかしなければ!」と肩に力を入れなくても、時代の流れや人々の意識の変化は自然に起こり続けていくからです。

だからといって、行動しなくていいと言っているのではありません。
リーダーシップを発揮して旗を振り、大きなムーブメントを起こす。
そういう行動すら「変わっていくのが自然」の大局観に包摂されたプロセスの一部ですので、思うがままに行動すればよいと思います。

ただ、その一方で、目の前の人を笑顔にすること、
目の前の人の話を聴きながら側に居てあげること、
大切な人と深い愛を育むこと、
不快でたまらない出来事に反応してしまう自分を否定せず、
ちゃんと味わい、昇華していくことも、
実は同じくらい「大きな変革」につながる大切なプロセスです。

これを「自分」と「側に居る人」の中で起こる小さなことだと捉えるのは、
フラワーオブライフを体感していない状態なのかもしれません。

「変えてやる!」とばかりに遠くの理想を見つめるのではなく、
自分という存在から自然に滲み出る言葉や波動こそが、
その未来を引き寄せる「今」の連続を生み出しているのです。

焦らなくても、私たちは日々変わっていく存在です。
だからこそ、無理に焦燥感を燃料にするのではなく、
「変わっていくのが自然」という在り方を、
少し思い出してみてください。
その在り方で生きることが、
本当の意味でのエフィカシーの高さにつながっていくのだと思います。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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