理想的って偏っていないか?

委ねるとか流れに任せるとか、やってるつもりだったんですけど、

コントロールするところはしないと、流れに自ら寄り添うのではなく流されるだけでした。

ついつい視聴しちゃう動画コンテンツをアプリごと削除しました。


「能動的な私」が、意識することもなく削がれていることに意識を向けると良いです。

「絶対やってやる!」と闘いの気迫があると、能動的な私が「うぉー!」ってやるのですが、

闘わずして能動的にやるとなると、「うぉー!」とならないので、動画の視聴ループに飲まれる。


自分が「コーチ」と名乗り、コーチングセッションをしているとは別に、

今もずっとコーチングセッションを受けているわけで、その効果を自らビシバシ感じていますが、

今は、「絶対コーチングセッション受けるべきですよ!」というゴリゴリ熱量は無い。


「効果があるかどうか、はっきりしたら受ける」とか、「コーチが〇〇してくれそうだ」とか、

「あの肩書を持っているから良いのではないか?」とか、「〇〇で有名なあの人だから」とか、

そういった値踏み勘定で「コーチング受けようかな?」って、むしろ思わない方がいいからです。


そういった先入観が無いところで、自然な流れで認識する人(コーチ)が現れて、

「セッション受けたらどうなるんだろう?」って好奇心が湧いたら、やればよいのです。

お金は、現状では「絶対ムリ!」と思っていても、「やる!」って決めたら何とかなります。

(私も何とかなりましたし、私のクライアントさんも何とかなりました)


「コーチです」って言ってる人は、超有名で世界を股にかけて仕事して知識や技術があろうとも、

ここ重要ですが、「救世主」ではありません!世間的に「あの人すごい人」でしかありません。

だから、コーチングに「沼る」なんてことは、つい動画コンテンツ観ちゃってるのと同じです。

自分でコントロールしてないのです。

誰かの意図的な仕組みによって、コントロールされてることにも気づかず繰り返しているのです。


「沼る」って、見事に報酬系を刺激されているので、気持ちよくなって繰り返します。

妄信的に偏っているので、中庸なんて意識することも無くバランスを崩した生き方になります。

「夢物語」と「社会性」、どちらに偏ってもコントロールされる人生一直線です。


好奇心の湧くことに取り組むって素敵だし、社会の一員として柔軟に付き合える。

これらをバランス良く実践できるとスムースですし、難しい現状があるなら移動すればいい。

難しい世の中も、本当は「幻想」なんだということです。

夢見て何もしなかったり社会を避け続けていても、何もならず下手すれば調子を崩します。


救世主は居ませんし、気づくとコントロールされてることって意識するとめちゃくちゃあります。

未来に妄信せず「今」を生きながら、計らいを捨て自分の軸でコントロールしていく。

ゴールがあって、計らい満載で知識技術でコントロールするのとは違います。


救世主っぽく騙してるのではなく、とんでもないビジネスのプロだということです。

いろんな人がいろんなビジネスして、いろんな購買意欲が刺激されているのです。

知識技術を得たくて購入してもいいし、世界の平和に貢献したいなら大いにすればいい。


ただ、自分の人生であり、自分の「今」を生きているということから意識を逸らして、

「素晴らしい未来」とか現を抜かしてたら、逸らして抜かされた「今」を繰り返します。

「未来」「ゴール」「幸せ」、魅力的ですけど下手すりゃ沼って現を抜かすループ突入です。


多くの人を何かに沼らせておけば、どこかで誰かが安心し優雅な日々を過ごせるのかもしれない。

夢見る理想の世界も、「善」とか「正」の方に、それ自体偏っているようにしか思えません。

理想的なのに偏ってバランス悪いって、なんと自然な流れでない矛盾の抽象度だと気づくと良い。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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