見据えることすらできない未来

「私は〇〇になっている」と唱えて、理想的な未来をすでに実現している臨場感を感じる。

「今はこうだけど、こうなってやる!」ということではない。

ゴールの方の臨場感が高いから、自然とそうなっちゃう。


これでそうなっちゃう人は、「どうぞ!」としか言いようがない。

未来の方が臨場感高いから、現状に違和感を感じてやることやっちゃう。

「やりたいことだから苦でもない」と、傍から見たらカッコイイ自己実現を繰り広げております。


私は、このカッコイイ自己実現で成功した人の「最高!」が継続する気持ちがわかりません。

でも、現状に違和感を感じて「わーっ!」とやることやって、実現したことは何度もあります。

「こうなったら最高じゃん!」と四六時中考えて、方法見出して実現はするんです。


繰り返して思うことは、「闘いの無限ループでしかないわこれ・・・」という感想です。

未来を見据えてひた走るってストーリーとしては映えるし、後付けでカッコ良く語れるんです。

そういう意味でも、皆さん全力でやってみるのも良いと思います。


全力でやって、未来が「正」で、過去からの現状が「誤」みたいな、

理想の未来より足りない過去からの現状に居る自分と闘い、勝利し理想の未来を手に入れる感じ。

でもこれ!実は・・・気づく人は気づくのですが、

便利になるけど、「忙しさと不足感変わんねぇー」って、産業革命以降の世界みたいになります。


でも、ほとんどの人は、素晴らしいゴールを設定して「未来の妄想」に逃避してるだけで、

臨場感以前のところからですので、それはそれで幸せなら良いと思います。

さて、未来に生きて「今」と闘っている他に、何があるというのでしょうか?


「私は〇〇になっている」と唱えるのではなく、

「今、〇〇でも〇〇でなくてもいい」と唱えるということです。

今、あなたは「これは絶対〇〇でしょ!」という価値観で、ダイヤモンドのようにカチカチです。

あなたの「これは絶対〇〇でしょ!」が、目の前の世界を映し出しています。

これに偏り過ぎると、喜怒哀楽が極端な感情になって表れます。


こんな状態で外側だけの未来を実現しても、豊かなコンフォートゾーンとはいえません。

あらゆる事象と自分の信念を分離しているのです。

やれ怒り、やれ苦しみ、やれ悲しみます。

あなたの「これは絶対〇〇でしょ!」など、ある価値観の中での根拠でしかありません。


今、絶対〇〇でしょ!と思ってることが、〇〇でなくてもいいんだと腑に落ちると、

もちろん、現状の映る世界が変わるわけですから、不足感が薄れていき抽象度が拡がります。

悩みというものが溶けていくようなもので、在り方が変容して周りに自然と波及するのです。


と、ここまで書いてなんですが、あなたの「これは絶対〇〇でしょ!」って、

けっこう自覚できてないことだらけですので、セルフで発見するのが困難だったりします。

そういった意味で、コーチングセッションって受けても良いのではないかと思います。

もちろん、コーチングセッションを受けても受けなくても良いのです。

ご自身で何とかすることになるでしょうし、どちらが絶対なんてありません。


目の前の世界が変わるということですので、予想もできない未来になるでしょう。

予想できる未来もいいですが、現状の自分がひねり出した理想的な世界でしかありません。

予想もできない未来に、現状の自分じゃどうなるかわからないことに、ワクワクするのも良い!

その学び、その拘り、その界隈、「〇〇でなくてもよい」という抽象度から観れますか?

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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