取り繕っても身体に表れます
今まで、気にも留めてなかったのですが、
これまで「ゴール」だ「達成」だと邁進することが醍醐味だと思っていたので、
乗り越えたり切り開いたり掴み取ったりすることに魅力的重要性が高かったのですが、
「あぁ、委ねたり頼ったり受け入れたりの方が、自分にしっくりくる」と実感して、
言葉にすると抽象度下がるけど、「女性性」の方が私の自然体に近いことが自覚出来てきました。
自分は男性であり、頼りないキャラクターで子供時代を過ごしたから、
大人になって、強くしっかりした自分になってやるぞ!と設定して邁進してきました。
当時は必死だったので気づきもしませんでしたが、
今振り返ると、背伸びして無理した「闘いのループ」を休むことなく続けていたのです。
あのあたりから皮膚は荒れ始め、身体の不調が出てきましたが抑え込んで突進しました。
そのおかげで実感として素晴らしい経験が出来ましたが、性に合わないことに気づきました。
そんな中でも、相方との生活は何年一緒に居ても無邪気にキャッキャしてるのが最高に楽しいし、
バンドでは、エモーショナルな自分をぶちかましているのが最高に楽しいわけで、
私という人間は、「無邪気に返る」ことが真我に繋がっているのではと気づき始めています。
よく考えたら、今モテる必要もないし、カッコつけても身体が拒否反応を示すので、
さっき長いこと生やして気に入っていた髭を剃りました。
直後なので違和感あります。
髭生やした方がカッコいいように感じるし、男らしくなきゃ!という価値観には合っていたけど、
自分の現状の価値観をぶっ壊すのがコーチングと言ってもいいし、
自分のキャラ設定なんて過去の経験から培った、装うための剣と鎧でしかなく手放したい!
まだまだ、表面上は「仕事ができる大人がカッコイイ」とか「バリキャリ」とか、
「稼ぐ」とか「成功法則」とか「肩書」とか「権威」とか絶賛注目したくなりますが、
やりたきゃやればよくて、カッコイイが「正」で、情けないが「誤」ではないのです。
情けなくてもカッコ悪くても体感して、在り方が調っていくことの方が多いのでは?
いい悪いで括り付けたあたりから、型にはまって動きづらくなることに気づかなければ、
だれかの価値観だれかの幸せが、自分のことと思い込んでしまい彷徨い続けます。
プロコーチとしてやっていくには、肩書とか颯爽とした感じとか凄い人とか思われた方が、
コーチとして選ばれていく上で良いのではないか?と考えていたこともありましたが、
自然体で生きなきゃ、それこそコーチとしての生き方ではないのでフェイクプロモーションです。
これでも、毎日淡々と地味なコーチング実践を継続してますよ。
だって、流れで変容していくことが予想を超えする体験で、めちゃくちゃ興味ありますから!
ね?やりたいことが無くなったんじゃないんです。
「こういう風にしたい!」と、現状をコントロールして実現しようとすることを手放して、
「うわぁ、これ続けていくと、どんな自分になっちゃうんだろう?」というか、
「どんな自然体の自分に戻るんだろう?」という、好奇心が実践の行動動機です。
行動動機が「無邪気」だということ。
子供っぽくあり、世間的に憧れるような生き方ではありませんが、
「無邪気」な生き方に許可を出して、見た目が地味でも情けなくても好奇心で実践していく。
いろんなことから自由になって、こういう生き方が湧き出てきたなぁって感じています。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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