中観により利他はついてくる

本質的に正しいも間違ってるもないのですが、人間そうはいかない。

誰もかれもが「仮の役割」を全うしようとして、仮基準の正しさと間違いを分離する。

なにか気付きを与えるべく方便として語るのはよいが、本気で怒って主張している場面が多い。


「利他」とか後で付いてくる話なので、万人の「仮」が違うことに寛容になるといい。

アメリカの正義が世界の正義と完全に一致するはずはなく、一致しなければ攻撃するのか?

あなたも「あれは絶対おかしいと思う!」と怒って、仮観のみの主張で幸福度を下げてないか?


自分の内側から世界が拡がっているのであり、

いま観ている世界は内側のビッグバンから発生した世界。

理想の世界は「あれがダメだ」「こうするべきだ」のビッグバンからは決して拡がらない。


コーチングを学んでいるのに苦しい人よ、現状否定のエネルギーに犯されるな。

素晴らしい仮のゴールを設定したとしても、「空」であることが観えていなければ、

どうして幸せになるというのか?自分が正しいという主張が称賛されるとは闘いのラットゲーム。


幸せはそこにある。

正しい、間違っているの分離状態をゴリ押ししていては、スコトーマで見えないし、

そんな状態で「利他」と言っても、自分の「仮」の利他主張をゴリ押しコントロールしてるだけ。


真の創造性を発揮せよ。

社会の一員として相互依存していくには「理解して理解していただく」習慣が効果的であり、

「こちらの最強の主張に賛同してくださーい!」では、マニアックなコミュニティと化すのだ。


現状の外のぶっ飛んだゴールとは、我らの主張のコントロール欲求ではない。

包摂して自然に拡がっていくのであり、もちろん包摂とはディベートで論破ということではない。

自らの幸せがそこに在ることを実感し、そこから自然に拡がるには仮の主張だけでは至らない。


コンフォートゾーンが移行したために、そこの居心地が悪くなるというのはあると思いますが、

だから、この人たちは抽象度低いからダメということではないし、別の「仮」があるだけ。

崇高な学びを教えてやろうとコントロールする必要もなく、だれも本質的間違いではない。


ここらへんで、俯瞰的に見てみましょう。

幸せそうでない奴って、「仮」の自己主張以外の現象を「赦せない!」って言いながら、

マインドに自らナイフぶっ刺し続けてるだけなのではないかね?


その勢いで、器の大きい人をイメージしてみましょう。

「絶対赦せない!」って波動がビシバシ伝わるようなイライラ感が微塵も感じられず、

おおらかに、それこそ自然に包摂しちゃいそうな人格ではないだろうか?


まずは、利他的とかよりも、中観を体得して自らが心から幸せを実感することからです。

そうしないと、いっさい世界平和の為になりません。

間違ってる奴が朽ち果てて勝ち取った平和って、なんか包摂してねーなって思いますよ。

中観が波及していくことにより、これからの精神性が磨かれて、結局自利利他になるでしょう。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

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