良くなり続けてる感覚から波に乗る
部分部分で切り取って話すと、あれが良くてこれがダメとジャッジしやすいですが、
私たちの精神性は、どんどん良くなってきてるといえば、どんどん良くなってると言えます。
世界中の人たちと他人という立場で触れ合い始めることで、より自己の精神性に注目してます。
実際に、世の中こんなに便利になったのだから、そんな「今」を受け入れて、
あえて原始時代に戻って「ウッホウッホホ」と外側を戻すわけでもなく、
不便な時の「ありのままの内側」を取り戻すのは有効なんじゃないかと思ってます。
まだまだ「なんでそんなイヤな応対するの?」って人もいますし、
「なんで相手が迷惑なこと平気でするの?」ということもありますが、時代が流れるにつれて、
自然な自利利他を育んでいけるんじゃないか?むしろ少しずつでもそういう流れなのではないか?
時代が流れるという表現をしましたが、私の世界の使命として捉える未来から流れてきた今が、
体験として認識に上がってることが、毎日毎時間あれもこれも感じるんです。
「あぁ、自分の精神性を磨くことによって、多くの人の精神性を包摂しちゃうかもしれない」
そんな創造の芽がぴょこっと出てまして、「しちゃう」というのは自然にそうなっちゃうような、
精神性の低い人を正してやろうという高い低いの分離からくる狙い定めたアプローチではなく、
自然発生的に受容してるような統合してるような、全体性に向かう感覚が湧き出ています。
これって自分磨き中心の話ではなくて、私が磨くということは芋洗い猿のような感じで、
どこかで誰かが精神性磨いているでしょうし、伝染的というより摂理的な流れで拡がっていき、
結果、日本中から世界中へ自然と波及しちゃうことになるのではとイメージが湧き出てます。
そうなると、以前だったらはらわた煮えくりかえりそうなことだったはずなのに、
その事象と対象を観察することが優位になり、驚くほど圧倒的に落ち着いてられるし、
もし、反応的に怒る感情が出たとしても、そんな自分を観察するのが優先になります。
包摂のイメージとしては、精神性を磨いていく人が波及していくことで、
気の遠くなるほど世界中にある、正義も悪も良いもダメも包み込んでいくことで、
自らが幸せを実感しながら、自然と相手に波及しちゃう世界に向かう流れ。
上の三行を見返しても、言葉にし切れてないような気もしますが想いはこれ。
なんというか、「絶対実現してやる!」って気合いというよりは、
そういう流れになっちゃうことにとても興味があるのでやりたいことという位置づけ。
もし生きてることがしんどいのであれば、その重さが取り除かれ幸せを実感したいでしょう。
精神性を磨くにあたっても、重さを取り除くにあたっても、いろいろ含まって捉えると、
「むぅ、やっぱり私は常々コーチングやってるということか」と腑に落ちたところです。
伝わるかわかりませんが、こんな流れで今は面白くない体験も観察対象として面白い。
もちろん非常に面白いことが次々に起こって超面白かったり、パートナーにジワっと癒されたり、
この実感って、世界の精神性を包摂することにおいて、超重要な感覚だと感じることもあります。
この感覚が、自然に波及するんじゃないかな?ってイメージしてます。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
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