動き出さない自分を許可する

約3カ月間でしたが、コーチングのアウトプットから離れておりました。
これだけ聴くと、「精神的に何かあったんですか?」という印象を持たれそうですが、
逆と言えば逆なのです。
コーチングを実践し続けて、ゴールに向かってひた走っていたのですが、
「どうしても自分の生き方を変えたい!」「その為に必死でやることやる!」なんて風に、
現状の不満を大逆転しようとする勢いで行動を起こしていたんです。
その度に、「こんなじゃない」とか「あれは違うと思う」なんて風に、
「良い、悪い」だの、「正しい、間違ってる」だの、様々な形でアウトプットしてきましたが、
これは自我が自立した成果を出そうとして「闘い」の日々を体験していた状態でした。
その中で、様々な自分と向き合う機会に遭遇して、その度に乗り越えてきた気がしてたのですが、
「乗り越えたのではなく、そもそも勝手に不安や不満に感じているだけだった」
「それらを手放すと、今私はなんて幸せな状態なのだろう!」と実感したのです。
口では何と言おうと、無意識の中に「こうでなければならない」という基準がこびりついてて、
ネガティブな「こうでなければならない」だったり、
ポジティブな「こうでなければならない」に寄った考え方が自らに苦しさを感じさせてたのです。
注目したいのは、ポジティブな「こうでなければならない」もモンスター化するということ。
実際に直面しながら「中庸」を取り戻していくと、自分の軸で「幸せ」を実感しました。
この取り戻しは、取り戻しきったのではなく、これからも体感として続いていくのだと感じます。
そんな風に、分離した世界を統合していって瞑想やら唱えたりしていると、
さらに好転している状態になって、「このまま流れるのって超心地いいじゃん」と思えました。
むやみに「ゴールを達成するんだ!」と行動せんでも「世界はなんて素晴らしいんだ」と感じる。
この状態になったら、コーチングのアウトプットができなくなりました。
「動」が無く、現状の状態を維持しているようで、調える「静」をひたすら実践している状態。
しかし、「現状維持をしてはならない」という偏りは無くなっているので、今を満喫しました。
自分は今、「動」において現状維持をしているという意識は常にあります。
でも、その現状維持を楽しむという許可を出しているので、非常に楽しい日々でした。
ゴールを見失ったのか?と言われそうな状態だけど、その罪悪感はないので身を任せました。
もちろん、今後コーチング活動でこんなことをしようかな?というのは浮かびますが、
ホメオスタシスが強力なのか、全然動き出せない日々がここまで続いていたのです。
「うわー、なんでこんなに動き出せないんだろう?」というのは、常に引っ掛かってました。
そんなこんなしてたら今日、「なんかアウトプットしたいなー」と思えてきて、
「こうしてやるぞー!」とか、「さすがにそろそろやらなきゃ」とか、一切考えずに、
「やりたいと思ったからやった」としか言いようがない状態で投稿しています。
立春だし、「これやりたいなー」というのを書き出してみたので、
「これやりたいからやる」を実行し始めるくらいの気持ちです。
この幸せで全く動けない状態から、どうなっていくのか?が大変楽しみと感じております。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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