意識するにつれてイベント発生します

身体反応に関して、意識したことにより重要性が高くなったので、
「あっ!身体が反応している!」と感じることだらけになっております。
これは、コンフォートゾーンにとって大変厄介な事象でございます。
「今までこれで生きてこれたんだから、なんだかんだ言ってもこのままでいいでしょ」と、
不幸だと捉えていようと不平不満があろうと、ホメオスタシスによって現状維持していたのに、
あれ?身体が「ガクン!」とアピールしてきやがったよ!という状態。
先日のブログでも、「なんとなく」動画なんかを視聴するのをやめるなんて投稿しながら、
わかっていても「はっ!」と気づくと1時間くらい生産性のない視聴をしていたので、
「あっ!こりゃ即見えないようにしよう」とアプリをスマホから削除しました。
それでもホメオスタシスは優秀で、なんとか今の自分を正当化しようと創造性を膨らまし、
身体反応を押し切って継続しようとしていますし、まるで寝落ちして動画を垂れ流してるような、
なんとなく「沼」に陥っているのをやめられない自分が居るのです。
これ、ほとんどの人に当てはまると思うのですが、ゴール設定したとかなんとか言っといて、
なんとなく沼に陥って、実はゴールに対してずっと足踏みしてるようなことってあると思います。
それに気づくための課程と言われれば、invent on the wayの真っ最中ともとれますが。
「よーし、これやるぞー!」って、「腰を上げる」という「よっこいしょ感」もなく、
無意識レベルで片手で親指一つで、情報が得られるのが曲者なんです。
一日に発揮できるエネルギーの大半を、そういったことに費やしてしまうんです。
「ゴールに向かってやることをやる」って「やりたいことならやっちゃう」という話なのですが、
ちょっと集中力が切れた隙間や、寝起きでなんとなくスマホを手に取ることで、
優先順位をひっくり返すほどのものだと思った方が良いです。
そう考えると、私が結構頻繁に感じていることなのですが、
「今日はコーチングを受ける日だ。セッション受けたいけど、なんとなく行きたくないな」と
感じることって、実はゴールにとって良いことで、現状が変わっちゃうという身体反応なんです。
別に、コーチにバシバシダメだしされるとか、コテンパンに論破されるとかではないのです。
むしろ「自分はこうしたい」をサポートするわけですし、味方としか言いようがないのです。
現状の思い込みを外したいけど、ホメオスタシスが嫌がるという真っ当な身体反応なのです。
「ゴールへ向かう私を応援してくれました」
「聴いてくれてスッキリしたし、エフィカシーが上がりました」というのが毎回だとしても、
それは「偉人の金言」みたいな動画を視聴して、「確かにー」と言ってる程度かもしれません。
セッション後の「はー、スッキリした」という表情よりも、
「うーん、でもこうであるべきだしー・・・」とか、感情が溢れ出して吐き出してしまうような
セッション後の反応の方が「やってみないとわからないし、やるのは自分」を身に沁みるのです。
「現状の自分はダメなんだ」というのが思い込みなら「そんなことはないですよ」と伝えるし、
「これはこうあるべきなんだ!」が無意識まで浸透していて流れが滞留しているなら、
そこを取り除くことによって、エネルギーが循環しだして感情が溢れ出すこともあるでしょう。
ゴール側へ移行するって、「自分はできる」って言い続けるだけではないのです。
「言葉」も非常に重要ですが、身に沁みる反応や感覚が抽象的に捉えれば移行を加速します。
「ここ」で言い続けるだけでなく、自ら「行こう」と決断行動して「移行」するのです。
「なんとなく」や「依存」を「決断」して、「意思」を持って「反応を意識」して「移行」する。
「ここ」で言い続けることに幸せを感じるのも、それはそれでよいですがゴールがあるはずです。
「コーチング」、「情報空間」などを企画する人が、トレンドをマーケティングしてるのも、
結局、魔法ではなく、自ら自分らしく動き続ける人が全てではないからなのです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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