ブリーフシステムによる流れの滞留

「こうなることだけは避けたい!」

「こうなるのは究極に恥ずかしいことだ!」

「こうなってしまったら自己肯定感はゼロになる!」


このように前もってイメージしちゃうことって、ほぼ全員にあるでしょう。

未来に臨場感感じる強さ度合いで言ったら、非常に強くしゃしゃり出てきます。

上記のように感じるのが無意識まで浸透して、気づかずにゴールへの流れを滞留させています。


こういった自己否定感を阻止するための無意識の回避が、ゴールとは関係ない行動を駆り立て、

「過去は関係ない」と知識として有りながら、過去が関係ある人生になってしまってます。

自己否定感により、痛みすら感じるほどの恐怖を感じることを避けて何とか正当性を保てないか?


正当性は「私はできる」と取り繕うものではないんです。

根拠のない自信を持ってください「せーのっ!はい!」で自信はつかないのです。

自己否定感を抑え込んで、「エフィカシー」という言葉で逃避的に正当化しては彷徨うだけです。


彷徨っていることを、同志と徒党を組むことで「動いてる感」が演出できます。

表面的には答えの出ないような高いゴールを追いかけてますが、循環的な流れではないのです。

自己否定感の塊みたいなのが詰まってて、同じところを滞留する流れなのが俯瞰的に観えます。


なにかしらの「そうなることだけは本当に避けたい」が大きなコンプレックスとなって、

避けようとして取り繕ったり、計らいが顕著になったり、何かに依存するのです。

でも、それって決して満足いくものではなくて、苦しさや不足感が纏わりつきます。


私自身も「みじめ」な思いをすることは避けたくて仕方なくて、

無意識まで浸透して「そんなの絶対にイヤだ!」という思考行動をしていたために、

循環する途中で流れを詰まらせて同じところを滞留しており、正直苦しかった。


でも、私のゴールの中に根強くあるのは、「みじめな人の気持ちを慮れる人になる」があり、

かなり慮れている自負はあったのですが、自分自身が逃げ続けていたので滞留しておりました。

「そうなっても私は最高だ!」という境地に至ってなかったので、流れてなかったのです。


そこに気づきしばらくすると、本当になぜなのかわからないのですがボロ泣きし始めたのです。

泣いちゃう恥ずかしさを抑えることもできずに、泣き続けている自分がおりました。

感情が溢れ出たことによって滞留が無くなり、循環し始めたまさにその時だったということです。


それぞれ仮に設定した役割があり、そこに変容していこうと行動し続ければ、

必要な体験が起こるということですので、通った流れであることは確かです。

「流れたのならこうなってほしい」という計らいも考えずに動き続けるのです。


動きながら意識に上げるのは、「身体がどのような反応をするか?」です。

「それ」をするとき、どんな身体反応を感じられるか?今、意識にあげている最中です。

早速イヤな反応が出てきてますが、それでもクリエイティブアボイダンスしてる自分が居ます。


多くの人にとって「100%want to」というのも、勇気のいることですので、

「なにが滞留することで勇気が必要となっているのか?」

「そういった場面場面での身体の反応を意識的に感じて観る」

それによって、「実は滞留するほどでもなかった」「身体反応に正直になる」を許可して、

ブリーフシステムをじっくり移行していくことが、結局は「行動すること」ですが必要です。

そこが、セルフコーチングで気づきにくいところをサポートするのもコーチングの役割です。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。


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