おじさん世代のスタンダードではないか?なんて思う

Z世代と呼ばれる方は、情報を得ることが手軽すぎる状態がデフォルトで生きてきたりして、
現実的な目標を淡々と継続できればいいというようなタイプの方の割合が多いとか。
コーチングを知るものとしては、「えっゴール設定しないの?」とか思いそうです。
でも、今の私が思うのは、「今そうしたいなら、それを体験すればよい」ということ。
ぶっ飛んだゴールであるとか、世界がこうなればよいとか、
本当に心からそうしたかったらそうすればよいくらいに思っています。
何のために生きているのか?何を成すことが人生なのか?って物思いに更けて、
求めて探求するのも大変素敵なことですし、深い人間関係も必要なくそれなりの生活も素敵。
生きるために生きているし、幸せも不安も幻想でしかありません。
社会に適合できなかったり、現状に疑問が生まれたり、実は他と比べて強欲だったりして、
その感覚をツンツン刺激するのがコーチングである場合がほとんどです。
そして、「自分はどうしたいか?」ということに正直になっていく過程を体験するのです。
ぶっ飛んだゴールは、痛みを感じる臨場感を遠くにぶっ飛ばすのに役立ちます。
それはそれでそうしたいならそれで良いですし、妄想してるだけって嬉しいことに平和です。
深く深く沈んでいって、何か良からぬ事件を起こしちゃったら私はイヤだからです。
「うーん、あれって無駄な痛みを「そういうもんだ!」って刷り込まれた人が感じる痛みだろ?」
そんな風に捉えるのが「過酷な精神の痛み」がバレ始めた時代を生きる若者の抽象度です。
「仕事はやりがいだ!」とか、それが絶対だと感じてせっせと頑張ってる人が居るのに、
「今頑張ろうとは思わないしリスクもない」と判断したなら、それで良いと捉えるので、
頑張ってる人の真横で、その人に対して悪気もなくスマホをいじります。
「それが絶対」だという人にとって、頑張ってる人の横で「なんでそんなことできるの?」と、
怒る人すらいる世代が現在の中心であるだけで、モラルとは時代時代の流動性があります。
文化圏が違う国に行ったら、精神の痛みで打ちのめされる自我で生きてる人が理解できません。
育ってきた環境が違うのだから、「絶対こう!」にギッチギチではないので、
「なんてモラルが無い奴らなんだ!」と憤慨しそうなことを悪気もなくやることもあります。
悪気もないというところがポイントで、それぞれ当たり前が異なるだけの話で、
その事象事象で首を傾げたり、感情的になったりするのが自然の流れではないのです。
コーチングは「絶対こう!」を手放して、「受け入れる」という現状の外に移行するだけで、
「絶対こういうもんです」と誰かの法則を焼き付けるものでもなく依存するものでもないのです。
高いゴールを持って無限の可能性と言ってる人から見たら、
若いのにオンラインの中で娯楽を楽しむ人を、冷めた無機質的な生き方に見えるかもしれません。
「もっと生き生きと!」「湧き上がるような生き方を!」って、
言ってる側が「そういうもんだ」とラベリングしてるだけです。
しかし「そういうもんだ!」が、順調にバレ始めた世代だからそれでいいならいいのです。
もちろん、それで良くないと直面したら、その時々に合った判断をすればよいのです。
「抽象度の高い利他的なゴールを設定しなければならない」って、have toですからね。
抽象度の高い利他的なゴールを心から本当に実現したいから設定するのであって、
「設定するのが当たり前でしょ?」って、自分の「そういうもんだ」を強要しようとしてるだけ。
強要的な武力行使的な革命的な「我が論を通す!」は、実はほぼフェードアウト気味です。
労働も戦争も人間関係も、目に見えて「我が論を通す!」はフェードアウト気味です。
もちろん、政治だ税金だ利権だとか「そこにフォーカス」すると「まだ」のところもありますが、
そこは、ただ「我が論を通す!」世代が老いてなお猛威を振るってるだけで、
陽があれば必ず陰が発生するわけで、すべてが無くなる訳ではありません。
フェードアウト気味とは、全盛期より小さいけどまだ音が鳴っている状態です。
私自身は「こうなりたい」があって、様々な味わいを経ながらコーチングを実践してますが、
元々、社会に適合できなかったり、現状に疑問が生まれたり、実は他と比べて強欲だったことが、
コーチングに対しての初動エネルギーであり、様々な直面を経て素晴らしさを体感してます。
そのうえで今感じるのは、「ゴール設定しないと一年半でお亡くなりになる」のは、
「やりがい、生き甲斐を持って生きなければならない」というhave toモンスターの人が、
燃え尽きてゴールを失った場合に限るのではないかと若輩者ながら感じている次第でございます。
それでいいならそれでいいし、それでよくないなら動き出し余計な自我を手放せばいいのです。
絶対こう!ではないし、「手放すのが簡単ではない」ということに直面する人が大半ですけどね!
これからの時代、益々コーチが必要なのかどうかわからなくなってきてはいます。
いずれにせよ、現在コアな世代も否応なく直面することになりますから。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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