自分の物差しと向き合い続ける

世の中に「ややこしい奴」ってそれなりにいるのですが、

これだけコーチングやってきてマインドが調ってくると、

たとえ、そういう場所に行っても、自分の目の前に現れずに出くわさなくなります。


こういうのは直接セッションなどでお伝えしていく調いですので、ここで伝えられませんが、

「あー、そこのことを考えてなかったわー」という、新たな学びの機会が表れました。

「海外の人たち」のコンフォートゾーンに対する違和感を考えもしてなかったです。


日本人も年齢が若くなるにつれて「よく平気でこんな態度とるね」という人の割合が減ってきて、

豊かになってきてるからそりゃそうだという話ですが、まだまだ割合として年配の方に多いし、

それはそれで、なんとかしていけるなとは思っているのですが、それは日本の話。


海外の方にも、その人なりの常識というかコンフォートゾーンが当然あって、

「はー!?なんでこんなことを平気でやっちゃうわけ?考えられへん!」みたいな、

目の当たりにして反応的になってる自分が「はっ!」と意識に上がったのです。


「あー、ついつい自分の物差しで捉えて反応的になってたわー」と思ったのですが、

それにしても凄いことが起こって、「マジかー!」と反応的になり、それを意識に上げて

「まぁ反応することもあるよね」と自分を受け入れ、「ホオポノポノ」唱えるの繰り返し。


ここを自然に赦せるのは、もう間近のような気がします。

最近は、翻訳の画面を見せてきて、のぞき込むと「ありがとうございます」などの言葉で、

何気ない対応に対して、丁寧にお礼を言われることが増えてきて嬉しいです。


コンフォートゾーンが違っても、すべての命と共に今この瞬間を生きているってことでしたわ。

人間だけの話でもないのですが、文化の相互理解であるとか、その人なりの自我とかあるよね。

人それぞれの当たり前があり、当たり前に幸せを実感しながら現状を意識に上げて生きる。


そういう「ややこしい人」の中にまみれて居続け、常々反応的に生きている人を観ると、

とてもダークな「言霊」を無意識レベルで、とてもダークな「臨場感」を撒き散らしながら、

とてもダークな「表情」をしながら、そんな状態をコンフォートゾーンとしています。


翻って、あなたはいかがでしょうか?

「成功者は、そういう底辺の人たちと違う世界に居る」だから私も成功してその世界に行きたい。

そういう成功者とか底辺と区分けせず、正しい人、間違ってる人と差別することなく、

自ら今この瞬間の「言霊」「臨場感」「表情」からシフトしていくのです。


成功したから、ややこしい人と接しなくても良くなるという順番ではないのです。

「立場が〇〇になったから、不足不満が無くなる」のではなく、自身のマインドが先なのです。

様々な相手との関係性において、自他一体として向き合うイベントが目白押しなのです。


自他一体として、相応しい相手という姿で目の前に臨場感高く現れるのです。

「自」のマインドが豊かになるにつれて、「他」として現れる相手の捉え方が変わります。

向き合うにあたり「その場を去る」のも、逃げたくても逃げられない無意識に対する選択肢です。


生きて見て感じて受け入れて、いろんなものがくっ付いたうえで観てる世界があり、

自分らしさにとって余計なのがくっ付いてることに気づき手放していくことで世界が変わります。

手放して空いたことで軽くなったり、必要なものが入ったりして現状の外って言い方になるのです。


いかなる体験も淡々と受け入れるのが自然なのですが、そうもいかなかったりするところから、

人間味が溢れる向き合いを繰り返し、そのコンフォートゾーンから移行するのです。

「自分はこうしたい」なら、「そのためのマインド」になることで、実現する順番ですので、

向き合う体験はウエルカムであり、ゴールの自分は向き合い終わってるということですので、

同じような体験が起きても、鼻歌まじりで対応できるということです。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。


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