リーダーと人間関係適応について

実は、私は日本という国が本当に好きです。

「これが問題だ」「あれがけしからん!」なんて聴いてると「そうかも」って思いますが、

窮地に立っても「私はなんとかできる」って思ってますし、FightでもFlightでも動きます。


ですので、国の問題で「ぬおーっ」と打撃受けることがあっても、受け入れてなんとかするし、

「だからなんとかならないんだって!」と言われても、最後までなんとかしようとします。

「うわーもうダメだー!あの時〇〇すれば良かった」と思っても、過去は関係ありません。


良い面にフォーカスすると、歴史的に長く続く適応能力が高い四季折々の凄い国だと感じます。

様々なデザイン性にも優れ、適応からの独自のクオリティ高い作品を生み出し、

普段の生活で極端な治安悪化の恐怖もないし、現存している国で最も長く続いてるってすごい。


まぁ適応能力が高い=周りの目を伺うとか、なんぼでも悪く言えます。

適応能力が高くなる教育を受けるので「思考停止という病」みたいな状態にはなりますが、

そこに疑問や認知的不協和を感じたから、コーチングの可能性に重要性を感じたのでしょう。


「この人たち、思考停止で用意されたレールの上を進んでいることに気づいてない」みたいな、

自分の感じた認知的不協和を正当化するような思考になり、世間的な適応に違和感を感じ、

自分は現状の外のゴールを設定している、真実を捉えている存在なのだと定義する。


だから普通の仕事でヘーコラ働きたくないし、自分の無限の可能性を発揮できる生き方をする!

そして、様々な問題を抽象度高いゴールで解決して誰もが素晴らしい生き方を送る世界を創る!

自分はそこらへんの抽象度低い人とは違う高尚な抽象度で生きる存在だ!と思おうとしている。


正直に胸に手を当てて感じて欲しいのは、大体の人が「誰もが素晴らしい生き方を送る世界」を、

臨場感高くイメージ出来ていないだろうと思います。

思考停止と思われる人たちに対する違和感と、自分が輝く生き方がしたいという希望のズレを

臨場感高く感じてコンフォートゾーンとして日々生活している人が多いことでしょう。


このような周りへの違和感がありながら自分が何も成してないような不足感で苦しむ人は、

自分のゴールに対する「なんとかしなきゃ!」というエネルギーがあります。

果てないゴールを妄想するだけで留まる人とは違い、

「やらなきゃ!」というエネルギーはあるので、まずは思い切って踏み出すことです。


この「踏み出す」って、いろいろ考えすぎて自分がドリームキラーになっちゃう人は、

相当な覚悟が要ることになるので、大体の人がここでストップして悶々とした日々を送ります。

踏み出すことが現状の外への第一歩なので、むしろネジ一本外して飛び込むのです。


そこから、自分のマインドが捉えていたパラダイムが崩れ去るイベントが起きますので、

反発したり、無意識に気づいたり、結果を受け入れたりしながらマインドがゴール側へ向かい、

気づいたら抽象度が上がっていることを体感して、地に足がついてきます。


そんな繰り返しの中で、「違和感だ!適応できるか!」と捉えていた世界の映り方が変わり、

既にある素晴らしさを臨場感高く体感することができて、適応障害改善や生きやすさ向上など、

豊かさと余裕がある状態がコンフォートゾーンになるのです。


自分を可能性を心から発揮できるのはここからです。

なぜなら、それまでは自分のマインドが無限の可能性に過剰に制限を掛けていたので、

表現したいのに、ありのままで生きられないパフォーマンスに苦しんでいたからです。


これは、そのままリーダーを担うにおいて必要なマインドですし、

必要のない人間関係の場をサラッと立ち去れますし、長期的なパートナーシップの大前提です。

あるがままの自分で、すべての命と共に、今この瞬間を生きていくわけですので重要なのです。


自分から波及して様々な縁起に広がっていくゴールの世界は、素晴らしさに満ちているはずです。

素晴らしさをスコトーマで認識できず、「あれダメこれダメ」と適応しない方ばかり認識しては、

情報場が物理世界に降りてこないということです。


素晴らしさは、既にあるんです。

それも、この日本ってめっちゃ素晴らしさに溢れてるのです。

「既にある」ことを「今」認識するのが、設定した未来から流れてきた生き方です。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。


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