乖離という幻に気づくに至る

よく考えたら思いつくけど、人生は闘いではないということ。

人間関係や、手に入れたいものや、「これは問題だ!」と反応的になってることが取り巻き、

「こうなりたい」と「現状はこう」の乖離を臨場感高く感じている人は多いでしょう。


そういった様々なことありきの体験人生の中でコーチングは有効と言いますが、

コーチング理論を学ぶことに依存しているようでは乖離を避けて漂うことになりますし、

手に入れることで乖離が埋まっていくのかというと、そうではありません。


でも、初めはそんなん言われても腑に落ちないわけですから、

現状とイメージの認知的不協和を感じるままにゴールに突進していくのです。

現状でイメージした理想に向かって進んでいかないと観える物も観えないのです。


あの人は自分のやりたいことでイキイキと邁進してるのに、自分ときたら・・・とか、

こんなにやってるのに、一向に成果に繋がらなくてフラストレーション溜まるとか、

「比較は意味がない」という言葉を盾に今の自分を正当化するとか。


コーチングを知った人は、本当は自分が強欲だということを隠している人が多く、

その点がモンスターになりながら明るいインテリジェンスを装っているようだと、

情報空間の中で漂い、抽象度の高い情報を共有するだけの流れになります。


まずは、正直である前提で、やりたいようにやるのがエネルギーが高くて良いです。

そのうえで、あなたは空観のみ、仮観のみしか捉えてないレベルではないので、

社会性度外視でやりたいようにやっちまうのは、手段が目的になってるというのはわかるはず。


私の所感では、コーチングの情報にめちゃめちゃRASが働いている人は、

ほぼほぼ「こうなりたい」と「現状はこう」の乖離を臨場感高く感じている人と思いますので、

まずは情報場で漂うか、正直である前提でやりたいようにやるに別れるということです。


正直を隠してやろうとしても、漂う方に取り込まれていきますので、

情報場は動いて行かないけど、それはそれで居場所感を得られるので良いなら良いのです。

物理世界で臨場感高く体験したいのであれば、乖離でもなんでもやって見て感じるのです。


その先に、「最初から乖離なんて無かった」ことが腑に落ちるわけですが、

この、初めから「ある」ことに気づくには、知識だけでは到底至ることはありません。

どのタイミングかはわからないですが、辞めずにやり続けてればある時気づきます。


どんな状態からでもやってみてからという話ですが、

痛々しいほど「こうなりたい」と「現状はこう」の乖離という幻を臨場感高く感じ続けていると、

身体に具体的な症状が出るというリスクもありますので、無意識に投げておきます。


動かなくてもそれはそれでいいのですが、ずっと不足感を引きずってる状態だと、

長期的なリスクもあるということも片隅に置いて頂き、やり続けることにエネルギーを注ぐと、

様々な美しさ素晴らしさが自分の周りを満たしていることに直面しますよ。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。


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