気づかないと関係してくるのです

多くの体験を味わっていく中で、
「これは良くないことをしたな」と痛感したことがある人が多くいるはずです。
ご自身はいかがでしょうか?
そこには、どんなマインドの状態であれ、「それを実行した自分」がいます。
それに関連した情報を見た場合、罪悪感から極端に避けるか、ついつい貪るように調べちゃう。
自分の中の重要性が高いということですので、避けてもイヤでも負の影響度合いが高い。
このまま、不本意な影響を受け続けることを辞められないのでしょうか?
「私は良くないことを実行してしまったのだ」という捉え方で観た過去が、
その後の行動に対してhave to満載のジャッジの基準になり、無限の可能性を狭めます。
素晴らしいゴールを設定していても、そのためのパフォーマンスが弱まるのです。
この罪悪感は、まさに「過去は関係ある」生き方をしていることに気づけるでしょうか?
このように、文字としてはっきり書くと、「そりゃ気づくわ!」という話ですが、
have to満載のジャッジは、無意識まで浸透していて一人で気づくのは非常に困難です。
ここで大切なのは、いかなる状況であっても自分にとって価値ある体験であり、
その体験はゴール達成に向かって進んでいるだけの結果であるということなのです。
良くないことをした(と思ってる)自分も、された相手も、お互い価値ある体験をしてるだけ。
ということは、「良くないこと」「良いこと」というのは、アプリオリではなく、
短期的な感情が働いたことによる、自己中心的な解釈に過ぎないのです。
短期的な解釈が豊かさに悪影響を及ぼすことを歴史が物語っています。
良いこと(と思った)をしたことによって、その後相手が不幸と感じることもあり、
悪いこと(と思った)をしたことによって、その後相手が幸福と感じることもある。
どんな状況であれ、なんとかしながらwant toで生きていくのは自分次第です。
正しい、間違っている、というジャッジに支配されていると自我が凝り固まって、
感情に生き様を左右されて、感情を抑え込んでもモンスター化して苦しくなります。
自己表現は純粋なwant toであり、ジャッジによる自己表現になると民度が下がります。
様々な相手から、結果をどう感じるか関係なく多くのものを「受け取っている」のであり、
様々な相手へ、結果をどう感じるか関係なく多くのものを「与えている」のです。
相手に求めてもよいし、受け取り与え求める循環を、罪悪感で歯止めかける必要はないのです。
受け入れた罪悪感は無意識のジャッジに繋がり、
「ゴール達成しない方が良い」という、コンフォートゾーンの中の体験をすることになります。
どれだけ、ゴールを達成したいと顕在意識でイメージして行動してもです。
「これは間違っている」という基準を、いかに手放せるか?
「あれは間違っていた」という過去を、いかに手放せるか?
どんな結果によりどんな状況になろうが、それは過去でありゴールに関係ないのです。
そのうえで、これまでの自分の潜在意識まで浸透したジャッジのきっかけを意識に上げて、
ジャッジを手放していくことが、現状をゴール側へ移行する流れです。
コーチング勉強しても変わらないなーと感じてるのであれば、そんなセッションが効果的です。
「許可を出す」とは、歯止めになっているものを手放すということなので、
「はい、手放しましょう」って、顕在意識だけで出来るもんじゃないのです。
自己表現するには、余計な自我に気づき、「過去は関係ない」を実践していくことです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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