どんな仕事っぷりも価値がある

仕事に関しては、自分の機能を社会に提供することですので、

仕事しているだけで「先ずは」達成しているということになります。

「成果」とか「やりがい」が重要視されますが、重要視する人の重要性の話です。


「何言ってるんだ?足を引っ張るような仕事っぷりではダメじゃないか!」

「窓際でサボりながら時間を潰している奴が仕事してるって言うのか!」

しっかり仕事して成果を出し、周りに迷惑をかけないことを望む声が聴こえそう。


「仕事とはこういうものだ」というのが、社会的(組織的)に様々あって、

それに準じて成果を出したりすれば、出世したり給与が上がったりしますが、

それが、全員の本当のやりたいことだとは限りません。


マジで頑張りたければ頑張ればいいし、楽したければうまく楽すればいいのです。

組織に所属する必要性を感じなければ、個人で仕事すればよいのです。

どれを選択しても、そこからそれぞれの価値ある体験を味わっていくだけのこと。


「マジでこの上司無能だわ!」ってのは、だったら自分がやる!というチャンスでもあります。

周りに迷惑をかける仕事をしてる人も、周りの人の問題解決力向上という機能を提供してます。

出世や評価に周りが見えなくなり、成果の為に不正をしてすべてを失う人(会社)もあります。


正しいつもりで頑張って、どこかでポキっと心が折れてふさぎ込んでる人もいるし、

鬼の恐さで仕事一筋の有能上司が、時代の流れによるコンプラ抵触で窓際へ追いやられたり、

ちゃんと出勤してほどよく楽しながら、それ相応の生活をエンジョイしてる人もいます。


チームを統率することで、様々な問題解決の経験や相手の気持ちを慮れるようになるし、

万年平社員で、給与は少なくても気持ちに余裕のある幸せな日々を過ごせるし、

組織に居る必要がなければ、個人で仕事をする選択だって多くの体験が待ち受けます。


仕事と一口に言っても、自分はどうしたいかによって選択は十人十色だし、

その選択一つ一つが、何かしらの役に立っていることに気がつけるでしょうか?

ニートでも生活保護受給者でも、何かしらの役に立ってるという俯瞰的視点です。


自分のゴールから決めた選択により、どんな結果によるどんな状況になろうが、

その結果を全面的に受け入れ、そのうえで淡々と「こうしたいからこうする」選択をする。

全てすべてが、ただただゴールに向かう体験なんです。

宇宙から捉えると、身を粉にして胃をキリキリしながら頑張るは自然の流れではありません。


仕事で足引っ張られたら、なんとかすればいいし、なんとかなります。

政府が無能で国民が困窮しているとか言うなら、なんとかすればいいし、なんとかなります。

実際なんとかするゴール設定をして、なんとかしている人がたくさん居ます。


現状の外のゴール設定に、現状の所有物や立場など関係ありませんから、

自分はどうしたくて、どんな仕事っぷりを繰り広げるのかは人それぞれだと理解して、

社会的常識はその時々で作られた他人軸満載の共通認識でしかないという視点で観る。


自分に軸があってドシっと構えていれば、ぶつぶつ文句言いながら仕事してる人や、

職権乱用して横暴に振舞ってる人や、近づいちゃいけないサイコパスな人に、

感情を持っていかれず、スルーしたり、スッと離れたりが鮮やかにできます。


私は、あのとき仕事頑張って良かったと思いますし、

それによって得たものも失ったものも、受け入れられてきました。

頑張ることや迷惑かけないことが絶対ではないことが、体得できてよかったです。


あなたはどうしたいか?

真面目に働くか?自由を求めて闘うか?足るを知る生活を築くか?

一つだけ言っておくと、「今」自分が満たされるから、多くの人に波及するんですよ。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。


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