なにがwant toなのかは誰の情報にも依存できない

want to って、コーチングの起源みたいなところなのに、
意図を含んだ膨大な情報を浴び続けているので、自分でwant toと感じたものなのか、
誰かによってwant toだと思わされたものなのか、わからなくなりませんか?
聴こえのいい壮大なゴールとか、多くの人からの称賛を浴びれるゴールとか、
イヤなことをしたくないゴールとか、コンプレックスを解消したいゴールとか。
学んでいると思いますが、自らのwant toでないとエネルギーが長く続かないんです。
そうなると、実は「自分はどうしたいのか?」ということに関しては、
コーチング理論とか羨ましく感じる情報とか現状のステータスとか自分の中の正義感を、
一旦脇に置かないと外部の物差しから導き出されたwant toになってしまうのです。
一人一宇宙なのですから、一人の状態からwant toが広がることですし、
自他一体なのですから、自分の内側から広がる世界が自分以外として写像しています。
誰が見てなくても、自分しか居なかったとしても嬉しい、楽しい、心地いいことは?
自分の内側からのwant toから広がった認識の通り生きていくことによって、
様々なイベントを味わいながら、抽象度なんて上がっていくんで大丈夫です。
コーチング実践してれば、他の人なんてどうでもよい我利我利亡者にはなりません。
want toは誰にも依存できないし、すごい人が言ってるからとか一切関係ありません。
自分の内側から溢れる正直なwant toは、自分の人生なのですから蔑ろにできないのです。
いくら学んでも、あなたのwant toはこれですという断定的な教えはできません。
コーチング学んで足踏みしている人は、自分から溢れる正直なwant toなのか確認しよう!
どんなに抽象度が高いゴールも、正真正銘自分からのwant toから広がります。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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