「空」と知り偏見がないのです

コーチングをプロとして提供しているということは、マインドが軽いということです。
「軽い」は感覚の表現で、頭の中が〇〇でなければならないでいっぱいだったら重々しいです。
芯はしっかりあって、でも縛られていない柔軟なマインドの持ち主だということです。
「〇〇でなければならない」を、より多く手放しているマインドのコーチが選ばれます。
「このプリンシプルが絶対!」という偏見がなく、
「肩書があるから凄い!」という偏見がなく、
「こういう状態ではダメだ」という偏見がなく、
理論とか「言葉」にさえ縛られていない、まさに「縁起人」であるということです。
「縁起人」ということは、
「誰かの抽象度高いゴール=自分のゴール」という奇妙な設定ではなく、
「博士の言葉=アプリオリの言葉」という奇妙な受け入れ方ではなく、
「こんな状態の奴(自分も含む)はダメだ!」という限定的で否定的な評価ではなく、
全ては「空」であることを知りながら、自身の「仮の役割」を常々サバイブ→体感することで、
本来の自分を取り戻していく=マインドが軽くなる→素晴らしい世界が映し出されるということ。
コーチング理論は、マジで素晴らしいのです!
私は、現在自分のコーチング活動に積極的活用させていただいております。
その理論を自己催眠で「アプリオリである」と捉えると、たちまち重く圧し掛かります。
これ、インテリジェンスな臨場感が手伝って、自己催眠してしまう可能性があるんです。
気づいたら、ロボットダンスのようなぎこちないパフォーマンスになっているのになってます。
「この世は心が作る」ということですので、
コーチング理論をアプリオリなものと捉えてしまうと、どれだけ学んでも不足感を感じ、
「私はコーチング理論を駆使してコーチングできるのだろうか?」という自己評価が芽生え、
セルフトークに反映して、プロコーチとしてのエフィカシーが保てなくなります。
「より学ばなくてはエフィカシーが上がらない!」という判断で学ぶこと自体に重要性を感じます。
自分のゴールを見失っている中で、必死に手段に重きを置き続けて「場」が動きません。
それでもずっと現状を維持し続ける人も居れば、
「これだけ活動したのになんにもならないじゃないか!」とコーチを辞める人も居れば、
本気のエネルギーで、「invent on the way」を実践するコーチも居るのです。
そうです!「invent on the way」です!
学んで「なるほど!素晴らしい!」と思うのは簡単ですが、
行動しなくては「発明しながら進む」という、ゴール達成の醍醐味を避け続けることになります。
「invent on the way」って、現状の外に移行するということですので、
未知への突入に対する怖れを払拭する覚悟が必要である場面が多々あります。
本当は覚悟が必要なかったとしても、学んだだけで何もしていない状態では覚悟が要るのです。
結局「縁起人」は、悟るのが簡単でも行動が大事ですので、未知へ突入を実際にやるんです。
そこで何があろうが、ゴールへのプロセスに過ぎないと捉えられて発明しながら踏み出し続ける。
その中で小さな達成体験が積み重なり、エフィカシー通りの展開になってると自覚するのです。
コーチングを受けるというのもゴール達成のプロセスに過ぎません。
コーチングを受けるにあたって、かなりの踏ん切りが必要な人ばかりでしょう。
そこは、縁起人として学んでばかりではなく踏み出せるかどうかです。
達成したいのなら、肩書とか見てくれの技術なんか気にせず、
ビシッとラポールがとれたコーチに会いに行ってコーチング受ければいいのにと思います。
人生何とかなるのですから、「コーチングを受けたくても受けられない」という思い込みは、
実際の行動によって「コーチングを受けたいから受ける!」という覚悟に変化します。
誰かのコーチングの模倣止まりではなく、あなたらしいコーチングを提供できますし、
そのコーチングを必要としている人は本当にいるのです。
ただ、無理そうでもなんでも、やりたいなら動き出さなきゃプロのコーチにはなれません。
コーチとしてセッション提供できてないのなら、コーチングを受けると良いのです。
なぜなら、自分なりにコーチ活動を一生懸命やってきた結果だからです。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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