本当はすごい私のはずなのに・・・

こんだけコーチングを学んだけど、
コーチとして実際のコーチングセッションができるのだろうか?
クライアントに訊かれたことに対して、サラッと返せるのだろうか?
認定コーチになろうが、何百冊読了しようが、実際コーチもクライアントも本気の状態で、
リアルにコーチングセッションをしたことがない状態のときには、
こんな風に考えたことがあるコーチもいるのではないだろうか?
そんな風に思っちゃうなら、お金を頂きながらセッション実践すればいいのですが、
パパっとそうはいかないコーチが、ほとんどでしょう。
実際にコーチングができるのか、物理世界で臨場感高く体験してみたいものですよね。
実際の体験をしていなくても、プリンシプルとしては「君ならできる」ってのは知ってます。
まさにその通りだし、みんな実際にコーチングが出来るというのは確かです。
では、気にせずコーチ活動に専念すればいいかというと、実は注意点があります。
それは、「誰のコーチングなのか?」ということなんです。
「ん?誰のコーチングって、私のコーチングを提供するつもりですけど?」と思うところですが、
学んでいるうちに、コーチとしてのエネルギーを崇拝する人に捧げていることに気づかずに、
自分の波動でコーチングをしてない状態に陥ってしまっていては、コーチングは出来ません。
なんというか、「本当はすごい私」なのに、虎の威を借る狐コーチングになります。
本当はあなたはすごいのですから、その結果として素晴らしいコーチングを認識したんです。
コーチング理論がすごいというよりは、あなたがすごいから理論を活かせるんです。
それなのに、凄い自分のエネルギーを脇に置いて
「理論がすごい、博士がすごい」と、自分のエネルギーを差し出し続けていたら、
「インテリジェンスなコーチ像でなければいけない、プリンシプルに当てはめなければいけない」
そんな風に、もはや偉い人のエネルギーの装いでしかなくなりますので、
コーチ自身がリラックスしたコーチングセッションは実現できなくなるんです。
ブログやSNS投稿しようとして、これは書いてることがプリンシプルと合ってるか?
都度書籍やなんや調べながら、文章作成してるコーチの話をよく聴きます。
リラックスしてコーチ活動しているとはいえません。
リラックスした状態でないパフォーマンスの低さなんて、イヤというほど学んだはず。
もちろんデザインしたいところはデザインしてもいいんです。
自分が気に入っているデザインを描くなんてワクワクするわけですし、
場数も必要な可能性もありますが、そのうちコンフォートゾーンになります。
ただ、あなたらしさの波動が感じられないセッションであるならば、
与えられるものも与えられませんし、ぎこちなさが非言語でクライアントにバレバレです。
まぁ、こういう経験をするのもまた、飛躍する要因であると言えばその通りなのですが。
学んだことを、あなたの体感から湧き出るような臨場感で非言語発信できるようにならなければ、
まずは、コーチとしての自分に魅力を感じて頂けることはありませんので、
コーチングの実践を身に沁みて繰り返すことが、これから訪れるクライアントの為にも重要です。
その階層まで到達することなく、マニアとなってエネルギーを捧げ続けるコーチが大半であり、
「本当はすごい私」なのに、コーチングセッションの機会に恵まれずに静かに活動するコーチ。
「自分はそれでも抽象度の高い利他的なゴールを掲げて取り組んでるからOK」なら問題ないです。
結局「どうしたいのか?」ですからね。
まー、でもコーチングセッションして、物凄くエモい臨場感味わいたくないですか?
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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