どっちでもいいのでゴールへ突き進む

「どっちでもいい」って、優柔不断みたいなイメージありますよね。
実際、「どっちでもいい」と思考停止的に発言する人が非常に多いために、
イメージとして定着しているんだろうと思います。
でも、これって字面だけであって、発言した時のマインドまでは映せません。
SNSなんかも、こういった危険性よくあります。
字面だけ切り取って批判したり、想いを汲み取れなかったりすることがあります。
「なんか決められないからAでもBでも、どっちでもいいや」みたいなマインドだと、
どちらかに決めたことによる他人の評価とか、決めたことによる未来に責任取りたくないとか、
取り繕ったり、逃避したりのマインドが含まれていることでしょう。
「自分にはゴールがあるから、途中でAになってもBになってもなんとかできるから大丈夫!」と、
勇気というか覚悟というか、エフィカシーですね。
そんな、「どっちでもいい!」というマインドがあるんです。
例えば、不意に「クレームが発生したから、担当者のあなたがお客様に電話してください」と、
会社の上司から指示されたとして、「A=怒られるんだろうな」「B=謝罪したら赦してくれる」
このAorB状態で、まだ電話する前で何も起こってないのに、
まさに今Aの状態が起こっているような臨場感を感じながら神経衰弱で電話番号を入力するのと、
「AでもBでも、やっちまったのは自分だから誠心誠意謝ろう」と意を決して電話をかけるのでは、
コーチング実践している人ならお馴染み!リラックス度合いが全然違うんです。
呼吸の乱れっぷりも全然違うし、未来の描き方も全然違うし、
臨場感高い方にパフォーマンスが発揮されるので、実際の結果すら変わってきます。
これは、クレームが例の話ですが、自己のゴールに対しても圧倒的な差が生まれるのです。
ゴール設定したら、最終的にゴール達成(その前に更新)するのですが、
その途中に何が起こるかなんて、わかる訳ないんです。
でも、何が起こっても大丈夫だから、あれでもこれでもどっちでもいいのです。
いくら着飾っていても取り繕っていても人間なので、悪い知らせを聴いた直後は、
「うぉーマジかー!」とか「つらいー!」とか思うことも多いでしょうし、
カッコ悪かったら「恥ずかしい」「やらなきゃよかった」とか思うことも多いでしょう。
でも、「自立的などっちでもいい!」が、指針(マインド)としてあるならば、
次第に呼吸も落ち着いてきて、輝く未来をリラックスして描き始めるでしょう。
期待するというより、自然に浮き出たwant toに従ってなんとかするんです!
逆に「Aじゃなきゃいけない!」とか「Bになることは絶対にダメだ!」とジャッジしていては、
途中で本当に疲れるし、期待を裏切られるような体感を常々味わうことになるので、
「どうせまたダメなんじゃないか?」という自我を順調に築き上げてしまいます。
やりたいからやるんです。
でも、いろいろあって、どっちでもいいのです。
拘り過ぎてゴールを下げたり期待しすぎたりしてると、挫折の芽が育っていきます。
結局やればできるのですから、大丈夫です。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
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