圧倒的物理身体を浴びるように感じる

圧倒的情報身体の臨場感を感じる

先月帰省したとき、やることない時間帯もあったので実家の車で一人ドライブしました。

私の実家は、日本海までサラッと行ける距離で、

港には数多くの洋上風力発電の風車が回っていて、ずっと遠くからでも風車が見えるんです。


私が実家にいた頃は、まだ風車なんて無くて、

夜に港の方に行くと、火力発電所が静かに赤く光を点滅させてた印象があります。

静かな夜の港で、火力発電所の赤い光をボーっと見続けるのが好きだったな。


車を港の方に走らせました。

よく考えたら、帰省するたびに港に行ってるような気がします。

防波堤の近くにそびえ立つ風車は、遠くから見ると景色の一部ですが、

間近で見ると、物凄く大きいんです。

羽根だけで何十メートルあるのかわからないくらいの大きさで3枚グルグル回ってます。

最初の動画で一瞬映るのですが、風車の近くに階段100段登る展望台があって、

その地上27メートルの展望台よりはるかに風車が高いのです。

最初の動画で臨場感が伝わるかわかりませんが、

真下にいると、圧倒的な物理身体を臨場感高く感じることが出来ます。


そして今日、ただ無目的に散歩しながら、

あの圧倒的臨場感を思い出してゾクゾクしていたのですが、

「あー、これ自分のゴールの未来の記憶に役立てられるな」と思いました。

どういうことでしょうか?


海岸線といっても、あの日のような穏やかな天候の日ばかりでなく、

暴風の日や、雷雨の日など、過酷な日も当然あります。

そんな日でも、目の前がどうであろうとも、

電力を生み出し続けるというゴールの為に、

今ここで黙々と回り続ける。

大災害などで故障してしまうかもしれない。

だからといって決して諦めることはない。

その姿が圧倒的な情報身体となって波及している。


まぁ、機械なので内に秘めたる情動が溢れ出ている訳ではないけど、

物理身体からのパワーが、自分の情報身体のイメージに臨場感を乗せられます。

少なくとも私は、風車の真下で一人ゾクゾクしたのですからね。


以前「牛久大仏」を見に行った時も、

大仏の中に入れて、エレベーターで上階に行って小窓から景色が見渡せましたし、

静かな場所で静かにそびえ立つ大仏に、自分の情報身体を重ね合わせました。

そして洋上風力発電の風車も、内部には当然入れませんが、

波の音や鳥のさえずりの中でダイナミックに動く姿に、

牛久大仏が「静」なら、風車は「動」の情報身体を臨場感高くイメージ出来ました。


それと、改めて自分は港が好きなんだなというのが意識的に実感できました。

その港の他に、別の日に車で30分くらいの漁港を見に行きましたからね。

海水浴場というよりは、静かな港が好きなんだということがはっきりしました。

なんだろう?自分の中の潜在的なノスタルジーを刺激するのかな?

この情動も自分の波動として取り入れられそうです。


24時間365日コーチとして生きるってことは、

こういうことが意識的に認識できるのかもしれませんね。

まだまだ味わったことのない、圧倒的な臨場感があるんだろうなー。

最後までご覧いただき、ありがとうございます。


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