
「せっかくすごいのにー」になってほしくない
「いやー、自分ってすごいわ・・・」
なかなか言えたもんじゃないのではないでしょうか?
または腑に落ちてるようで、実感がないまま「自分ってすごい」って言ってるのではないでしょうか?
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ゴールが無い(と思い込んでる)人は「ゴールを見つけて素晴らしい人生を生きたい」とか、ゴールに向かっている人は「ゴールを達成し続けて素晴らしい人生を生きたい」みたいな、大まかですけどそんな未来をイメージして、そうなりたくて今を生きてると思います。
そういった中で、コーチングの情報に出会ったり、このブログを今読んでたりします。
だから、もはやそうなりたい素晴らしい人生になる可能性を認識しているということです。
ということは、「自分ってすごい」ということです。
「なんかいいことないっすかねー」とか言いながら、目の前に素晴らしい人生が切り開かれる情報があっても認識できない人もいる訳ですからね(そういう人は、「まだ」見えてないだけで、いずれ「自分ってすごい」ってことになるので、「すごくない」と決まったわけではないです)。
あとは、「そうなりたい」のだから、「そうなれるかも?」とビビっときた情報から気持ちをそらさずに向かっていく「目的的思考」を発揮すればいいだけですよね。
「目的的思考」って「この場所は安心だね」ってことではないですよね。
「目的的思考」って「ある場所に居続ける」ってことではないですよね。
それって「現状肯定」であり「現状維持」ですから、現状の外の可能性を認識してるのに、それに進まないっていうのは、「自分と向き合う」ことを、クリエイティブに向き合わない方法を見出してる状態(創造的回避=クリエイティブ・アボイダンス)ということになります。
昨日も書いたけど、確かに「自分と向き合う」って「過去の強固な自我 vs 現状の外に行きたい自分」のパラダイムチェンジ対決が始まり、自分と向き合い「ぐむぅぅぅぅー」と苦しい時もあります。
でも、それを避けてたら、誰にコーチングができるのでしょうか?
コーチングじゃなくても、誰に素晴らしいものを与えられるのでしょうか?
コーチングでも、そうじゃなくても、利他って大切やん?
自分と向き合わずに、過去に受け入れた情報から築かれた自我によって未来が切り開かれない状態が続くのも、自分にとって良くないやん?
まず、自分にとって良い生き方を正直に生きて、その良い状態が溢れ出て、万人に素晴らしいものが波及していくってことやん?
だから常に現状の外にゴールを更新し続けるやん?
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「そうなりたい素晴らしい人生になる可能性を認識しているということ 」の時点で「自分ってすごい」のに、「この場所は安心だね」「ある場所に居続ける」 ってことになってしまうと、「せっかくすごいのにー・・・」ってことです。
「自分ってすごい」から、常に現状の外にゴールを設定→更新し続けて目的的思考を継続して、そんな自分の素晴らしい状態が波及して、より多くの人に与えている状態だからこそ「それ自分がすごいからや!」ということになります。
お笑い芸人「FUJIWARA」の藤本さんが、「スタジオこんな狭かったっけ?」と言われても、「今日ネクタイ細くないですか?」と言われても、「顔デカイからや!」と突っ込むように、
人生で良い情動が巻き起こる出来事を「自分がすごいからや!」と言える未来を見据えたいですよね。
途中から関西弁になっていましたが、ぜんぜん関西人ではなく「私の自信と熱意」です。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
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