
止められてもそうなりたい!ってそんなもんじゃないだろう!
自分にとって大切な情報だったのですが、以前読んだときは、あまり理解できないことがありました。
そして今日、その情報を理解して実行するべき期間が切羽詰まってきました。
そして緊急性が高い状態で再びその情報を読み始めると、「あっ、こんなことでいいのか」と、そんなに困難なことではないことが理解できました。
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何年も前に読んだ「7つの習慣」という本で、第3の習慣である重要事項を優先するためのマトリックスがわかりやすかったという記憶があります。
日々、「緊急ではないが重要なこと」を実行し続けることで、重要なことが緊急でやらなければいけなくなって余裕がなくなってしまう(抽象度が下がってしまう)ことを極力防げて、且つ長期的に見て効果的である。
みたいな感じです。(もちろんもっと多くのことが書いてありましたが、今日取り上げたい部分だけをまとめました)
前職でマネージャーやってた頃、チームワーク醸成による長期的効果で役に立つ考え方だったと実感しました。
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この、「緊急ではないが重要なこと」において、私は本気でチームワークって大事だなと考えていたので、日々醸成していたわけであり、それが良い結果に繋がったのですが、
「重要なこと」というのは「チームワークって一般的に重要だって言われてるよねー」という、自分以外の人が言ってる重要なことではないのです。
上記マトリックスの例は、ビジネス寄りの項目が並んでますので、ビジネスパーソンにとってはわかりやすいですが、
あくまでそれらの項目を自分自身のマインドが重要だと感じてなければ、外部の人が言ってる「緊急ではないが重要なこと」になってしまい、認識できないものになります。
人間は、重要性の低いものは認識すらできないからです。
私は車が好きなので、珍しい車が走ってたら「おっ!」と認識しますが、車に興味が全くない人は、いちいち道を走る車を一台一台認識しません。
最初に書いた、「 自分にとって大切な情報だったのですが、以前読んだときは、あまり理解できないことがありました」というのは、大切なのはわかってたんだけど、「まだ、大丈夫だろ」とか「難しそう」とか考えて、重要であることを自ら逃避した結果だということです。
そして切羽詰まったときに、「大切な情報を理解して実行したい」ということの本気度合いの急上昇により、重要性が「グイッ」と高くなって認識が出来て理解して実行したという流れになります。
ということは、「達成方法を見出す」ということは、ゴールに対して本気でそうありたいと強く思っていることが前提だということです。
「現状の外にゴールを設定して、言葉、映像、情動でイメージと臨場感を感じていくと方法は見えてくる」というのは、その通りなのですが、
「教えてくれた方がそう言ってたから」という状態だと、頭で理解しただけで、心からのゴール達成への本気度合いに関しては自分次第です。
本気のつもりでも、「今じゃなくてもいいや」とか「このくらい成長してからだな」とか、余計な制限が始まって、渇望というよりは「こうなったら最高だよなー」とポワンと浮かび上がっているくらいの場合があります。
「いや、今日中に達成は無理だろ」と、勝手に物理空間で考えるのではなく「もう今日にでも達成したい!」「マジでこんな生活をして喜びたいんだ!」という水の中で息を止めてて耐えられなくなったときに、「グイッ」と足を掴まれたときの空気への渇望と同じような本気度合い!
そんな本気度合いで、言葉に出し、映像を浮かべ、情動を感じる。
今現在の物理空間の臨場感の強さは、実際起こっていることなので、かなりの本気度合いであるわけです。
その実際起こっていることよりも、強い本気度合いでゴールのイメージと臨場感を感じないことには、ゴール側にコンフォートゾーンは移行しません。
勉強して頭で理解するコンフォートゾーンの移行は、心から渇望するコンフォートゾーンの移行の言語化です。
ゴール側のコンフォートゾーンに居る人に 「いや、ほんっっっとうにゴール達成したいんですよ!」と言ったとしても、その人からしてみれば「あなたのゴール達成への本気度ってそんなもんなの?」と思われるかもしれないですよ。
「止められても、そうなりたい!」というのは、生半可な本気度ではないということを忘れずに、ゴールに邁進したいですね。
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