
勝つことの重要性に縛られる
「優勝」とか「勝利」をゴールに掲げている人って多いですよね。
「勝つ」って嬉しいけど、ゴールにとって絶対ではないんですよ。
もちろん勝ったことで広く知れ渡って、その後の活動により、ありたい自分になれる人もいますが、勝ったのに、その後、なんかうまく活躍できずに、ありたい自分になれない人も大勢います。
-・-・-
私が中学生のときバレーボール部で、最後の夏の全県大会で、前評判では圧倒的に自分たちより強い強豪校と超白熱した接戦の末、1点差で負けました。しかもたかが1回戦です。
会場の盛り上がりがすごかったようですが、自分たちは試合に集中してたので気づいてなくて、やっぱり部活の最後の試合終わると「泣く」という場面って心当たりあると思うんですが、みんな泣いてるんですね。
自分はしばらくみんなと一緒に居ない選択をして、別の場所に行って「あのキツかった部活が本当に終わるってことがあるんだな」と放心状態で泣きながらスポーツドリンクを飲んでたのですが、どこの学校の誰の関係者かも知らない大人の人たちが、「〇〇中学校さんだね?いやー!よく頑張った!」みたいに、なんか肩揉まれてすごく称賛してくれました。
私の故郷、秋田県代表で数年前甲子園に出場した「金足農業高校」が、一回戦から準決勝までの勝ち上がり方が劇的に感動を呼び、決勝の相手「大阪桐蔭」が史上初の2度目の春夏連覇という大記録で優勝して、13-2でボロボロに負けたのに、その後のテレビに取り上げられる取材陣のチョイスが圧倒的に金足農業寄りになってました。
5年位前から応援していた、お笑い芸人の「おいでやす小田」さんが、R1くらんぷりで優勝して有名になることを目標として何年も連続で決勝戦まで行ったのに惜しくも優勝できず、そしたらR1グランプリに改名&10年以内の芸人に出場制限が限られて出場機会を失い、後輩芸人の「こがけん」さんとユニット組んでM1グランプリ出場したら準優勝だったのに、多くの人のハートを掴んで、今やものすごい売れっ子になってます。マジで嬉しい!
美少女コンテストでグランプリになってないタレントでも、大女優に躍進した人も多くいます。
前職で、めっちゃ頑張って毎月当然のように月予算を達成し続けて、商戦月は物凄い売り上げを上げているA君と、たまに月予算落とすこともありましたが、素晴らしい店作りをしていたB君がいて、同期なのですが、B君が本社勤務に出世しました。人間力でみるとB君ならやれそうな気がしました。売り上げが良ければ出世できるなんて、どこにも書いていません。
「勝つ」「負ける」に関わらず、例え一回戦だろうと、見た人の情動を震わせるか?が重要だということがわかります。
でも、「ゴール達成にとって勝つことが重要なんだ!」と思い込んでいる人が多いのではないでしょうか?
-・-・-
ゴール達成において、「優勝する」とか「合格する」という具体的な方法は、「優勝しなければならない」などのhave toに縛られてしまします。しかも達成方法が、優勝するために練習なり勉強なりをして、試合に出場して最後まで勝ち残るという、最初から方法がわかってるようなゴールです。これは自分の今のコンフォートゾーンで思いつくレベルなので「理想的な現状」ということになり、「このまま頑張れば、優勝できる」という「現状肯定」になってしまいます。優勝したってその後に何も人を引き付けられなければ、「優勝→短期的な喜び→終わり」という流れでしかありません。
それなのに、「金メダルとりたい」「一億円稼ぎたい」「この試験に合格したい」「社長に出世したい」という理想的な現状のゴール設定どまりの人が非常に多いです。
「金メダル取りたい」だと、達成方法が今でもわかるけど、例えば「世界中の競技する人や観戦する人たちが「勝ち」「負け」という結果に一喜一憂せずに、楽しくいい試合ができるようにイキイキ取り組んだり、応援したりする状態が豊かで心地良い」というゴールだったら、今達成方法はわからないし、確かに金メダリストということで有名人になるとゴール達成のための取り組みが多くの人に届きやすいと思いますが、だから絶対ゴールが達成できるということではないし、金メダリストでなくても届く方法が無限に広がります。
ゴールが先、方法は後です。
そして方法が見えてきたら、また達成方法のわからないゴールへと更新する。
その繰り返しで、金メダルを取るための知識や技術に縛られるだけでなく、自分の「こうありたい」ゴールへの想いがエネルギーとなって多くの人に届き、相手の情動を震わせるのでしょう。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
-・-・-